2026年10月31日:「まだらの紐」の蛇はどこまで不可能なのか(後編):笑う人、疑い直す科学、手を焼いた作者

シャーロッキアン日記

前編では、ウォフォード大学とケニアの二つの教室から始めて、1946年のボズウェルから1984年のニードルマンまで、この蛇の正体をめぐる議論をたどりました。後編では、2000年代に出た新しい説、この蛇を笑って受け流したシャーロッキアンたち、批判の前提そのものを見直した現代の研究、作者ドイルが舞台で本物の蛇に手を焼いた話を順に取り上げます。

2000年代の新しい説

2000年代に入っても、新しい候補は出続けました。

SHJの2000年夏号で、ヒーリー(Healey)は、「沼毒蛇」にあたりそうなインドの蛇の名前を幾つも検討し、どれも記述に合わないとしました。そのうえで、蛇ではなく、アブリン(トウアズキの種子の毒)を塗った針で、蛇に咬まれたように見せかける手口がインドで知られていたことを挙げ、別の可能性を示しています。

SHJの2001年冬号では、スキナー(Skinner)が、インドのサンゴヘビの一種(Calliophis melanurus)を候補にしました。小さくて紐の陰に隠れられること、神経毒で作用が速いこと、炎の光の下では黄色に茶色の斑があるように見えることを、スキナーは理由として挙げています。

BSJの2001年春号では、セイファート(Seifert)が、ホームズを「大学の毒物学者」に見立てる戯文のなかで、この蛇を「今ではインドコブラだと考える人もいる」と一言で片づけています。

笑って受け流す人たち

前編で見たような本気の検証の一方で、この蛇をジョークの種にしてきた人たちもいます。手元の電子版の調査では、そうした文章も少なくありませんでした。

1946年秋には、ラジオのホームズ・ドラマの脚本を書いていたアンソニー・バウチャーが、凶器にアメリカドクトカゲを使う回を用意していました。BSJ 2005年のクリスマス号で紹介された当時の書簡では、この回がロイロットの沼毒蛇の新しい変奏だと説明されています。クローバーがアメリカドクトカゲとコブラの雑種を持ち出す2年前のことです。両者に関係があるのかどうかは分かりませんでした。

SHJの1965年春号でT・S・ブレイクニーは、ホームズ物語の凶器を同時代の探偵小説と比べる流れで、ロイロットの蛇を「行き当たりばったり」の方法だと一言で片づけています。1972年には、モリー・ハードウィックが正典の女性たちを扱う連載で、ジュリアが「まがった男」のテディのようなマングースを飼っていれば計画は失敗しただろう、と書いています。1979年のBSJでは、ゴードン・アイゼミンガーが、沼毒蛇を「どうやら今では絶滅したらしい」と括弧書きで処理しました。1999年には、スウィフト夫妻が、助けの来ない娘を殺すのに呼び鈴の紐から蛇を下ろすほどばかげた方法があるだろうか、と書いています。

1998年には、国連関係者のシャーロッキアンの会(The Beryl Coronets of the U.N. Community)の例会で、クイズの出題者 Motohide Yoshikawa 氏が、「沼毒蛇という蛇はいない」「蛇は牛乳を飲まない」「耳が聞こえないので口笛は聞けない」と示し、ドイルは蛇に疎かった、と結んだと報告されています。同名の人物として、後に国連日本政府代表部大使を務めた吉川元偉氏がいますが、両者が同一人物かどうかは確認できていません。

批判する側の科学も変わる

前編で見た批判には、何人もの論者が共有していた前提がありました。「蛇は耳が聞こえない」「この種の蛇は紐を登れない」といったものです。このうち、いくつかは現代の研究で見直されています。

蛇は耳が聞こえないのか

クローバー(1948年)も、1951年の展覧会の目録も、蛇は耳が聞こえないことを前提に、口笛の場面を批判していました。

これに対し、2023年に PLOS ONE に載ったズデネクら(Zdenek et al.)の研究は、5属19匹の蛇に304回の試行を行い、地面を伝わる振動だけでなく、空気を伝わる音にも蛇が行動で反応することを示しました。反応の仕方は属によって違っていたといいます。蛇には外耳も鼓膜もありませんが、それは音を感じないという意味ではなかったわけです。

ただし、実験で使われたのは450ヘルツまでの低い音で、人が吹く口笛そのものではありません。また、音を感じられることと、口笛を合図に部屋へ戻るよう訓練できることは別の問題です。この研究は、ロイロットの口笛が蛇を呼び戻せたことの証明にはなりません。

紐は登れるのか

前編で見たとおり、爬虫類学者のガンズは1970年、ラッセルクサリヘビは獲物を締めつける蛇ではないので、体を縮めては伸ばすコンサーティーナ運動ができず、紐を登れないと論じました。これはラッセルクサリヘビについての当時のガンズの判断で、蛇の登攀能力一般についての結論ではありません。

一方、2010年に Journal of Experimental Biology に載ったバーンズとジェイン(Byrnes and Jayne)の研究では、若いボアコンストリクターに、太さ(3、6、9ミリ)と張り具合を変えた垂直のロープを登らせています。ボアはどの条件でもコンサーティーナ運動でロープを登り、細く緩いロープほど遅くなりました。

ただし、ボアは獲物を締めつける蛇で、実験のロープは張力をかけて固定したものです。下の端がベッドの上に垂れているだけの呼び鈴の紐を、インドの毒蛇が往復するという正典の状況とは、条件が大きく違います。ウォフォード大学の授業でデュメリルボアが使われたことを考えると、「ボアなら登れる」ことと「沼毒蛇が登れた」ことを分けて考える必要がありそうです。

牛乳については、今回は現代の研究まで確かめられませんでした。

哲学者が拾った蛇

ガンズの指摘は、意外な分野でも引かれています。哲学者デイヴィッド・ルイスは、1978年の論文「Truth in Fiction(フィクションにおける真理)」で、この「まだらの紐」の話を例に取り上げました。現実の蛇が紐を登れないなら、物語の中でもホームズは間違ったことになるのか、という問いです。ルイスは、物語はホームズが正しかったとまでは書いていない、と答えています。ガンズ自身がこの蛇をラッセルクサリヘビとして論じていたことも含めて、物語と現実の知識の関係を考える材料になっています。

シャーロック・ホームズが分析哲学でよく例に使われる理由については、10月9日の日記でクリプキを中心に取り上げました。

作者も手を焼いた

ドイル自身は、この蛇をどう扱ったのでしょうか。

ドイルは1910年、この作品を自分で舞台にしています。劇は6月4日にロンドンのアデルフィ劇場で初演されました。自伝『回想と冒険』(1924年)の第11章で、ドイルはこのときの蛇について書いています。題名の役には立派なロックボアを使ったのに、ある劇評家に「明らかに作り物の蛇」(”a palpably artificial serpent”)と書かれて腹を立てた、というのです。

ドイルは続けて、何匹か蛇を替えてみたものの、どれも役者としては物足りず、壁の穴から動かない呼び鈴の紐のように垂れ下がったり、穴に引き返したりした、と書いています。舞台係がしっぽをつまんで元気づけようとすると、その舞台係に向かっていくこともあったそうです。最後には人工の蛇に替え、舞台係を含めて皆がそのほうがよいと認めた、と結んでいます。

1951年の展覧会の目録も、舞台版の初版本の解説でこの劇評の話を紹介し、実際は本物のロックボアだったと書いています。

本物の蛇を使えば物語どおりに動いてくれるとは限らない、ということを、ドイルは1910年の舞台で経験していたことになります。ただし、これは舞台の演出の話で、殺人の方法を確かめた実験ではありません。

それでもドイルは、この作品を高く評価していました。1927年、『ストランド・マガジン』6月号の「How I Made My List」で、ホームズ物語のベスト12を選んだとき、筆頭に置いたのが「まだらの紐」でした。これは、刊行前だった『事件簿』の12短編を候補から除いたうえでの選出です。

南アフリカにいたとき、イラストレイテッド・ロンドン・ニュース派遣の画家が、「先生のホームズ物の中で、一番お気に入っているものは何ですか?とたずねたとき、「あの蛇の話ですよ」と答えた、(實吉達郎『シャーロック・ホームズの決め手』)

との話もあります。

物語の外にいた毒蛇

最後に、物語の外の話を一つだけ書いておきます。

前編で紹介したクローバーは、ラッセルクサリヘビの模様を説明するのに、ジョセフ・フェイラーの The Thanatophidia of India(1872年)の図版を引いていました。インド医務官だったフェイラーのこの本は、インドの毒蛇を図版付きで記録し、毒の作用を実験で調べたものです。英国王立外科医師会の図書館の紹介によると、フェイラーは政府の記録を集め、1869年のベンガル管区だけで蛇咬傷による死者を1万1,416人、英領インド全体では2万人を超えると推計しています。

ドイルがこの本を読んでいたかどうかは分かりません。ただ、「まだらの紐」が書かれる20年前から、インドの毒蛇は、医学と統計の上で深刻な問題として扱われていたことになります。世界保健機関(WHO)は2017年6月、蛇咬傷による中毒を「顧みられない熱帯病」の一つに位置づけました。

日本では

日本シャーロック・ホームズ・クラブの機関誌『ホームズの世界』にも、この蛇を論じた論考が少なくとも2本あります。實吉達郎「毒蛇殺人は可能だったか?:『まだらの紐』について」(1号、1979年)と、佐野真一「まだらの紐は実在するか」(36号、2013年)です。会員向けの機関誌ですので詳細はここでは触れませんが、国立国会図書館には(すべての号ではなかったと思いますが)収められていますので閲覧は可能です。

前者の實吉さんの論考は、私が『ホームズの世界』の1号を持っていないので、現物では確かめられていません。ただ、實吉さんの著書『シャーロック・ホームズの決め手』に「毒蛇殺人は可能だったか――「まだらの紐」を批判する」という章があります。それによると、實吉さんは1978年7月の「第一回JSHCのつどい」で、蛇の習性や候補になる蛇についての考察を発表されたそうです。章のなかでは、沼毒蛇(swamp adder)という名前から種を推測したり、インドの毒蛇を検討したりしています。

同じ章には、實吉さんの発表の翌月、『EQミステリー・マガジン』に中川裕明さんの「わがシャーロッキアーナⅠ 『まだらの紐』の真犯人について」が載ったことも書かれています。ただ、中川さんの考察についても、實吉さんは蛇の習性からみてありえない、と結論づけています。

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日本語でこの議論を追うときには、訳文にも気をつける必要があります。前編で触れたように、延原謙訳では、英語圏でコブラ説の根拠になってきた「ふくらんだ首(puffed neck)」が「鎌首をもたげた」と訳されています。

おわりに

1946年のボズウェルから2026年のウォフォード大学まで、この蛇は、爬虫類学者、展覧会の担当者、シャーロッキアン、哲学者、そして教室の学生たちによって、繰り返し確かめられてきました。候補の種はラッセルクサリヘビからコブラ、雑種、サンゴヘビまで移り変わり、「耳が聞こえない」という批判の前提も、現代の研究で見直されました。それでも、この前後編で見た説の範囲では、正典のすべての条件を満たす蛇は、まだ見つかっていません。

参考文献

  • Healey, “On Spec,” The Sherlock Holmes Journal 24(4), Summer 2000, pp.117–120
  • Skinner, “The Mysterious Serpent of Stoke Moran,” The Sherlock Holmes Journal 25(3), Winter 2001, pp.92–94
  • Steven A. Seifert, “Sherlock Holmes: Academic Toxicologist,” The Baker Street Journal 51(1), Spring 2001, pp.23–27
  • H. Paul Jeffers, “Once a Week in Baker Street: The Boucher-Green Years,” The Baker Street Journal Christmas Annual 2005
  • T. S. Blakeney, “Sherlock Holmes and Some Contemporaries, Part II,” The Sherlock Holmes Journal 7(2), Spring 1965, pp.41–45
  • Mollie Hardwick, “Women of the Canon: 4—The Victims,” The Sherlock Holmes Journal 10(4), Summer 1972, pp.115–119
  • Gordon L. Iseminger, “Sherlock Holmes: Victorian Archetype,” The Baker Street Journal 29(3), September 1979
  • Wayne and Francine Swift, “The Associates of Sherlock Holmes,” The Baker Street Journal 49(1), March 1999
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  • Laurence M. Klauber, “The Truth About the Speckled Band,” The Baker Street Journal (Old Series) 3(2), April 1948, pp.149–157(San Diego Natural History Museum による再録)
  • Sherlock Holmes: Catalogue of an Exhibition Held at Abbey House, Baker Street, London, May–September 1951(記念サイトの全文テキスト)
  • Christina N. Zdenek et al., “Sound garden: How snakes respond to airborne and groundborne sounds,” PLOS ONE 18(2), e0281285, 2023
  • Carl Gans, “How Snakes Move,” Scientific American 222(6), June 1970, pp.82–96
  • Greg Byrnes and Bruce C. Jayne, “Substrate diameter and compliance affect the gripping strategies and locomotor mode of climbing boa constrictors,” Journal of Experimental Biology 213(24), 2010, pp.4249–4256(シンシナティ大学の発表)
  • David Lewis, “Truth in Fiction,” American Philosophical Quarterly 15(1), 1978, pp.37–46
  • Arthur Conan Doyle, Memories and Adventures, 1924, Chapter XI “Sidelights on Sherlock Holmes”
  • “The Speckled Band: An Adventure of Sherlock Holmes,” The Arthur Conan Doyle Encyclopedia
  • Arthur Conan Doyle, “How I Made My List,” The Strand Magazine, June 1927, pp.611–612
  • Joseph Fayrer, The Thanatophidia of India, London: J. & A. Churchill, 1872
  • Royal College of Surgeons of England, “Venomous snakes and the Indian Medical Service“
  • World Health Organization, “Snakebite envenoming“

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