2026年10月30日:「まだらの紐」の蛇はどこまで不可能なのか(前編):二つの教室と、爬虫類学者たちの論争

シャーロッキアン日記

毎日届くGoogleアラートのなかに、アメリカの大学で「まだらの紐」の蛇を本物の蛇で確かめる授業があった、というニュースがありました。正典のなかでも、この蛇ほど「本当にこんなことができるのか」と言われ続けてきた生きものは少ないと思います。そこで今回は、この蛇がこれまでどのように検証されてきたのかを、前後編に分けてたどってみます。

二つの教室

ウォフォード大学(米国サウスカロライナ州)の公式ニュース(2026年9月23日付)によると、授業は新入生向けの教養セミナー「Sherlock Holmes and the Liberal Arts」(LIBA 101)の一コマでした。担当は歴史学者のトレイシー・レヴェルズ教授で、その回には生物学のジョン・モーラー教授が蛇を連れて加わりました。登場したのは、コーンスネークの「オッカム」と、デュメリルボアの「アンドレ・ザ・ジャイアント」です。

記事は、口笛とミルクで蛇を仕込むという設定は「どう見ても無理がある」とする一方、記事の言い方でいえば「通風孔を登って紐を伝い降りる」ことは「どちらかといえばありうる」とまとめています。ただし、試行の回数や紐の太さといった条件は書かれていません。実験の報告というより、本物の蛇を見せながら物語を生物学の問いに置き換えた授業の紹介と読むのがよさそうです。

同じ問いは、60年前にも教室で出ていました。The Baker Street Journal(以下BSJ)の1965年6月号で、バーンス・リンドフォース(Bernth Lindfors)が、ケニアの中等学校で受け持った英語の授業について書いています。最初に読ませたのが「まだらの紐」で、生徒たちは「蛇は口笛を聞けるか」「訓練できるか」「紐を登れるか」をめぐって論争になったそうです。リンドフォースは結論を急がず、生物の先生に判断を委ねる前に議論を続けさせ、推論の練習として評価しています。60年を隔てた二つの教室で、ほぼ同じ三つの問いが出ていたことになります。

【要確認:調べ方の書き方】シャーロッキアンの世界でも、この蛇は長く議論されてきました。手元のBSJとThe Sherlock Holmes Journal(以下SHJ)の電子版を検索したところ、1940年代から2000年代まで、この蛇を論じた文章が数多く見つかりました。前編では、その議論が始まってから1980年代までをたどります。

正典に書かれていること

議論に入る前に、正典が実際に何を書いているかを確かめておきます。この蛇について書かれていることは、ワトスンが見たこと、ヘレン・ストーナーの証言、ホームズの推理の三つに分かれます。後の論争の多くは、ホームズの推理の部分に向けられています。

記述 誰の言葉か 種類
夜中に聞こえる低い口笛、姉ジュリアの最期の言葉「紐よ! まだらの紐よ!」 ヘレン・ストーナー 証言
ロイロットの部屋の鉄の金庫と、牛乳の小皿 ワトスン 観察
引いても鳴らない呼び鈴の紐、風を通さない通風孔 ワトスン、ホームズ 観察
ロイロットの頭に巻きついた、茶色の斑のある黄色い帯 ワトスン 観察
正体は「沼毒蛇」で、インドで最も恐ろしい毒蛇 ホームズ 断定
ロイロットは咬まれて10秒以内に死んだ ホームズ 断定
蛇は紐を伝ってベッドに降り、口笛で呼び戻される。たぶん牛乳で慣らした ホームズ 推測

延原謙訳では、ホームズは「沼毒蛇だ。」と言い切り、「インドで最も恐るべき毒蛇なんだ。」と続けます。ロイロットについては「博士は咬まれてから十秒以内に死んでいる。」とも述べています。ただし、これはホームズがそう断定したということで、咬まれてから10秒以内に死んだことを誰かが確かめたわけではありません。後で見る1951年の展覧会の目録は、まさにこの点を疑っています。一方、牛乳で慣らしたという部分には、原文でも「たぶん(probably)」という語が入っていて、ホームズ自身が推測として語っています。

訳文についても一点だけ触れておきます。原文でワトスンは、蛇の姿を “squat diamond-shaped head and puffed neck”(ずんぐりした菱形の頭と、ふくらんだ首)と書いています。延原訳ではここが「鎌首をもたげた」という表現になっていて【要確認:CD-ROM版での前後の文言】、「ふくらんだ」にあたる語は訳文に出てきません。英語圏の議論では、この「ふくらんだ首」がコブラ説の根拠の一つになってきました(後で見ます)。

論争の始まり:動物園の爬虫類学者

BSJは1946年に創刊されました。その最初の年、1946年7月号に、ロルフ・ボズウェル(Rolfe Boswell)の “Dr. Roylott’s Wily Fillip” が載っています。ボズウェルは、蛇をラッセルクサリヘビとしました。根拠は、ニューヨークのブロンクス動物園の爬虫類学者レイモンド・ディトマーズの著書 Snakes of the World(1931年)にある一文だとしています。

ボズウェルによれば、ディトマーズはその約6年後、New York Sun 紙の記者の取材に対して、蛇が紐を伝うことや、咬まれてすぐ死ぬことに疑問を述べたといいます。記事の日付は書かれていないので、この取材がいつのものかは確かめられていません。それでも、BSJで議論が始まる前から、専門家がこの蛇に首をかしげていたことになります。

科学で否定し、遊びで救う:クローバー(1948年)

この議論を大きく動かしたのが、ローレンス・M・クローバー(Laurence M. Klauber)の “The Truth About the Speckled Band”(BSJ、1948年4月号)です。クローバーはサンディエゴの実業家で、ガラガラヘビの研究で知られる爬虫類学者でもありました。この論文は、サンディエゴ自然史博物館のサイトで、遺族の許可を得て全文が公開されています。

前半で、クローバーはラッセルクサリヘビ説を退けます。成体は大きくて重く、ロイロットの頭に帯のように載る描写と合わない。模様も合わない。牛乳は蛇の食物ではない。蛇は耳が聞こえないので、口笛で呼び戻すことはできない。紐を降りることはできても、下端が宙に浮いた紐を登って戻ることはできない。暖房のない寒い部屋で、そもそも活発に動けるのか。このように、爬虫類学の知識で一つずつ矛盾を挙げていきます。

ところが後半で、クローバーは一転して「解決」を示します。持ち出すのは、アメリカドクトカゲとインドコブラの雑種という、現実にはありえない架空の動物です。脚で紐を登り、耳で口笛を聞き、強い毒を持つ。物語の矛盾を一度に片づけるための冗談です。そしてホームズが実際に言ったのは “It is a samp-aderm, the deadliest skink in India.” で、ワトスンが聞き違えた、と結んでいます。

つまりこの論文は、前半が専門家による本気の批判、後半がホームズとワトスンを実在の人物として扱う遊び(いわゆる「ゲーム」)という二段構えです。「爬虫類学者が蛇の正体を科学的に突きとめた」と紹介すると、誤解を招くことになります。なお、前半の「蛇は耳が聞こえない」という指摘は、現在の研究では見直されています。これは後編で取り上げます。

展覧会が出した答え:インドコブラ(1951年)

1951年、英国祭の行事として、ロンドンのベイカー街にあったアビー・ハウスでシャーロック・ホームズ展が開かれました。この展覧会と、その75周年記念サイトについては、6月10日の日記でも触れています。記念サイトでは、当時の目録の全文が公開されています。

目録によると、「いくつかの科学的問題」という部の142番が「まだらの紐」で、担当はドクター・W・T・ウィリアムズでした。ウィリアムズは、この年に発足したロンドン・シャーロック・ホームズ協会の初代の共同名誉書記の一人で、展覧会の科学展示の責任者だったとされています。

この展示では、実際に蛇の標本を並べ、候補を一つずつ検討しています。パフアダー、ラッセルクサリヘビ、ノコギリヘビ、アマガサヘビ(標本のないハブの仲間も含みます)と順に退け、最も有力としたのがインドコブラでした。理由として、黄色の地に茶色の斑がある個体が多いこと、紐を登り降りできる数少ない活発な蛇であること、神経毒であること、そしてワトスンの書く「ふくらんだ首」がコブラの特徴に合うことを挙げています。

そのうえで目録は、二つの問題が残るとしています。一つは、どんな蛇の毒でも10秒で人は死なず、ゆっくり死んだジュリアとも合わないこと。目録は、ホームズとワトスンが部屋に入ったとき、ロイロットはまだ生きていたはずだ、とまで書いています。もう一つは牛乳と口笛で、好んで牛乳を飲む蛇はいない(ただし水がなければ飲むこともある)、蛇は普通の音が聞こえない、と書いています。ここでも「耳が聞こえない」が前提になっている点は、クローバーと同じです。

専門家に尋ねる:二匹の蛇(1954年)

BSJ 1954年1月号のダグラス・ローソン(Douglas Lawson)の “The Speckled Band—What Is It?” は、ワシントンの国立動物園のマン博士に照会したうえで書かれています。ローソンの答えは、蛇は二匹いた、というものでした。ジュリアを殺したのはラッセルクサリヘビ、ロイロットを咬んだのはノコギリヘビ(Echis carinatus)だとしています。

諸説の集成(1965年)

こうした説をまとめたのが、W・S・ベアリング=グールドの “The Problem of the Speckled Band”(BSJ、1965年9月号)です。1951年の目録、ボズウェル、ローソンの説を並べ、クローバーの雑種説にも触れたうえで、毒の速さ、模様、頭と首の形、牛乳、紐、口笛など十余りの論点で比べています。結論は、既知のどの蛇もすべての条件は満たさない、というものでした。

登れない蛇(1970年)

1970年、爬虫類学者カール・ガンズ(Carl Gans)が Scientific American 誌6月号に “How Snakes Move” を書きました。BSJは同じ年の9月号でこれを取り上げています。BSJの紹介によれば、ガンズは、ラッセルクサリヘビは獲物を締めつける蛇ではないので、体を縮めては伸ばす「コンサーティーナ運動(アコーディオン運動とも)」ができず、紐は登れないと指摘しました。BSJの編集部は、ワトスンはラッセルクサリヘビとは一言も書いていない、と添えています。このガンズの指摘は、のちに意外な分野でも引かれることになります。これも後編で取り上げます。

訓練はできるか(1983年)

BSJ 1983年6月号の “You Can Teach a Speckled Band New Tricks” で、ブルース・ハリスは、蛇の訓練は可能だと論じました。根拠として挙げているのは、インディゴヘビ(1970年)とトウブキングヘビ(1980年)を使った条件づけの実験です。どちらも、水を報酬にしてキーを押させる実験でした。ハリスはここから、牛乳を報酬にして少しずつ慣らせば、2か月足らずで口笛に応じて紐を登らせられたかもしれない、と考えています。ただし、引かれている実験そのものは、牛乳や口笛や紐を使ったものではありません。ハリス自身も、蛇は学習が遅く、成功例は少ないと断っています。

ちなみに、ブルースさんは今年25年1月のBSIウィークエンドの昼食会で同じ席になり、その後、Facebookでやりとりをしています。年代学の本も書かれています。

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ケープコブラ説(1984年)

BSJ 1984年9月号のライオネル・ニードルマン(Lionel Needleman)の “Unravelling The Speckled Band” は、ホームズの推理そのものを疑う論考です。ジュリアは蛇に咬まれておらず、死因は卒中だったとし、ロイロットを咬んだ蛇だけを、アメリカ海軍の毒蛇の手引き(1968年)の記述をもとに、アフリカ南部のケープコブラ(Naja nivea)だとしています。

前編のまとめ

前編で取り上げた説を表にまとめます。

年 論者 蛇の正体 立場
1946年に紹介 ディトマーズの見解(ボズウェルによる) ラッセルクサリヘビ 著書(1931年)の一文での同定と、のちの新聞取材での疑問。どちらも原典は未確認
1946年 ボズウェル ラッセルクサリヘビ 同定
1948年 クローバー アメリカドクトカゲとインドコブラの雑種 科学的な批判と、遊びとしての解決
1951年 ホームズ展の目録(ウィリアムズ担当) インドコブラ 標本を並べての検討
1954年 ローソン ラッセルクサリヘビとノコギリヘビの二匹 専門家への照会
1965年 ベアリング=グールド 該当なし 諸説の集成
1970年 ガンズ(BSJの紹介) ラッセルクサリヘビではありえない 紐を登れないという指摘
1983年 ハリス (種は論じない) 訓練は可能とする
1984年 ニードルマン ケープコブラ(ロイロットのみ) ジュリアの死は卒中とする

半世紀あまりのあいだに、候補はラッセルクサリヘビからコブラ、雑種、二匹説、ケープコブラへと移っていきました。一方で、「蛇は耳が聞こえない」「牛乳は飲まない」といった批判の前提は、論者が変わってもほとんど変わっていません。

後編では、2000年代に出た新しい説、この蛇を笑って受け流したシャーロッキアンたち、批判の前提そのものを見直した現代の研究、ドイル自身が舞台で本物の蛇に手を焼いた話、そして日本での議論を取り上げる予定です。

参考文献

  • アーサー・コナン・ドイル「まだらの紐」延原謙訳『シャーロック・ホームズの冒険』新潮文庫(CD-ROM版)。原文:Project Gutenberg, The Adventures of Sherlock Holmes
  • “Slithering through Sherlock,” Wofford College News, 23 September 2026
  • Bernth Lindfors, “Sherlock Holmes in Africa; Part I: Kenya,” The Baker Street Journal 15(2), June 1965, pp.67–
  • Rolfe Boswell, “Dr. Roylott’s Wily Fillip: With a Proem on Veneration of Vipers,” The Baker Street Journal (Old Series) 1(3), July 1946, pp.307–311
  • Raymond L. Ditmars, Snakes of the World, Macmillan, 1931(Boswell 1946 による)
  • Laurence M. Klauber, “The Truth About the Speckled Band,” The Baker Street Journal (Old Series) 3(2), April 1948, pp.149–157(San Diego Natural History Museum による再録)
  • Sherlock Holmes: Catalogue of an Exhibition Held at Abbey House, Baker Street, London, May–September 1951, Public Libraries Committee of the Borough of St. Marylebone, 1951(記念サイトの全文テキスト)
  • Douglas Lawson, “The Speckled Band—What Is It?,” The Baker Street Journal 4(1), January 1954, pp.12–20
  • W. S. Baring-Gould, “The Problem of the Speckled Band,” The Baker Street Journal 15(3), September 1965, pp.167–173
  • Carl Gans, “How Snakes Move,” Scientific American 222(6), June 1970, pp.82–96(The Baker Street Journal 20(3), September 1970, p.191 の紹介による)
  • Harris, “You Can Teach a Speckled Band New Tricks,” The Baker Street Journal 33(2), June 1983, pp.95–96
  • Lionel Needleman, “Unravelling The Speckled Band,” The Baker Street Journal 34(3), September 1984, pp.139–149

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