ここ数日、デヴィッド・バーク氏の訃報に関して書いてきましたが、彼が演じるワトソンについての論文がAcademiaから届いていましたので、紹介してみたいと思います。(例によって、最近送られたから最近の論文問い得訳でもなく、2018年のものです)
ワトソン博士は、シャーロック・ホームズのよき相棒として正典60作品に登場し、常に語り手として物語を牽引してきました。ところが、近年のアダプテーション研究においては、このワトソンという存在がいかに変容してきたかが注目されています。
今回は、ブラジルの研究者エドゥアルダ・デ・カルリとエレーヌ・バロス・インドルジアク(ブラジル連邦リオグランデ・ド・スル大学)による論文「Adapting John Watson from Literature to Contemporary American Television」を紹介します。
「バッファーン」としてのワトソン——その歴史的背景
正典のワトソンは、ミーケ・バル(2009)の物語論でいう「キャラクター結合型語り手(character-bound narrator)」です。彼は出来事を自ら体験しながら語るという二重の機能を持ちますが、ホームズの推理を読者に「噛み砕いて説明する」役割が前面に出るあまり、後代のアダプテーションでは、知的に劣る『道化役』として描かれる傾向が強まりました。
この傾向を決定づけたのが、1939年の映画『バスカヴィル家の犬』でワトソンを演じたナイジェル・ブルースの演技だとされています。
しかし、論文の著者たちが指摘するように、正典のワトソンを注意深く読み直せば、彼は実のところ非常に分析的な人物です。『緋色の研究』冒頭でホームズの能力を11項目にわたって評価するあの有名なリストは、まさにワトソンの鋭い観察眼の産物に他なりません。「道化」という評価は、アダプテーションが積み重ねてきた誤読と言っても過言ではないでしょう。
CBSドラマ『エレメンタリー』という実験
2012年、CBSは独自の現代版ホームズ・ドラマとして『エレメンタリー』を制作します。舞台はニューヨーク、ホームズ(ジョニー・リー・ミラー)はヘロイン依存症からのリハビリを経た元顧問探偵、そして「素面の付き添い人(sober companion)」として派遣されてくるのが、外科医から転身したジョアン・ワトソン(ルーシー・リュー)です。
ワトソンの性別変更については、放映前から「ロマンス展開になるのでは」という懸念が多く寄せられました。しかし著者たちは、このドラマにおけるホームズとワトソンの関係は正典の「ホモソーシャルな絆」を21世紀的な「ヘテロソーシャルな絆」に翻案したものに過ぎず、本質的な友情の構造は維持されていると論じます。
キャストという「テクスト」——ルーシー・リューの身体性
著者たちが興味深い観点として取り上げるのが、キャスティングの持つ意味です。ルーシー・リューは『チャーリーズ・エンジェル』やクエンティン・タランティーノの『キル・ビル』シリーズで知られるアクション女優です。つまり彼女のキャスティングそれ自体が、肉体的に活動的で、危険な現場調査にも飛び込むジョアンというキャラクターを観客に予告しているわけです。正典のワトソンがアフガン帰還兵として軍人的な身体能力を持っていたことの、現代的な読み替えとも言えるのかもしれません。
三つのキャリア変容ー外科医から探偵へ
ジェイソン・ミテル(2015)のテレビ・キャラクター論を理論的枠組みとして、著者たちはジョアンの変容を分析します。ミテルはキャラクターの変化を「成長(growth)」「教育(education)」「刷新(overhaul)」「変容(transformation)」の四類型に分けていますが、ジョアンの場合、シーズン1〜3にわたる職業的変化は主に「変容(transformation)」と「教育(education)」に相当します。
外科医時代の医療事故→免許停止→付き添い人→見習い探偵→独立した顧問探偵という経緯は、偶発的な出来事ではなく、各段階で本人の選択と成長が積み重なった必然的な軌跡として描かれています。
シーズン3では、ホームズが不在の半年間にジョアンはNYPDの顧問としても私立探偵としても確固たる地位を確立しており、グレグソン警部補が「ホームズ復帰の条件はジョアンが認めること」と明言するまでに至ります。
「一人のワトソン、一人のホームズ」という均衡
著者たちが最も強調するのは、『エレメンタリー』がワトソンをホームズの「補完的存在」から「対等なパートナー」へと昇格させた点です。ジョアンは社会的仲介者(mediator)として機能しながらも、ホームズの知的優位性そのものを問い直す存在でもあります。シーズン3第19話のタイトル「One Watson, One Holmes」は、二人が対等でありながら互いに異なる個性を保つことの重要性を象徴しています。
これは正典における「ホームズ対ワトソン」の構図——卓越した探偵と、読者の代理人として感嘆し続ける相棒——を根本から組み替えるものです。著者たちの言葉を借りれば、ジョアン・ワトソンはもはや「媒介者」の役割に留まらず、性別役割規範に挑戦し、21世紀の視聴者のために正典を更新する存在へと変貌しているのです。
ワトソン研究の可能性
この論文は、ホームズ研究の文脈でしばしば「脇役」として扱われてきたワトソンを中心に据え、アダプテーション論・物語論・テレビ研究の手法を組み合わせて分析した意欲作です。「ワトソン論」というジャンルの重要性を改めて示す論考と言えるでしょう。
正典における「ホームズに対する道徳的・社会的カウンターウェイトとして機能する」ワトソン、そして21世紀ニューヨークで自らの人生を切り拓くジョアン・ワトソン。両者の間にある連続性と断絶を考えることは、ホームズというキャラクターが時代を超えて愛され続ける理由を問い直すことでもあります。

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