2026年10月15日:社会科学はホームズをどう読んできたか(後編):「社会を読む対象」としてのホームズ

シャーロッキアン日記

前編では、ホームズの推理を社会科学の「方法のモデル」として読む系譜を、トゥルッツィからDwivediまでたどりました。後編では、もう一つの軸に移ります。ホームズのやり方が科学として正しいかどうかではなく、ホームズ物語そのものを、近代社会を映す鏡として読む系譜です。

問いの向きが逆になります。前編の論者たちは「ホームズは社会をどう調べたか」を問いました。後編の論者たちが問うのは「ホームズ物語を読むと、それを生んだ社会について何が分かるか」です。

クラカウアー:理性が支配する社会のアレゴリー

この系譜で最も古い仕事は、ドイツの思想家ジークフリート・クラカウアー(Siegfried Kracauer, 1889–1966)の『探偵小説』です。クラカウアーは『フランクフルト新聞』の文芸記者として知られ、のちに映画論『カリガリからヒトラーへ』を書いた人です。

書誌が少し込み入っています。執筆は1920年代前半で、完成は1925年ですが、生前には全体が刊行されませんでした。全文が初めて活字になったのは、没後の1971年、Suhrkamp社の著作集第1巻です。1979年に単行本 Der Detektiv-Roman: Ein philosophischer Traktat(「哲学的論考」)として出ました。邦訳は福本義憲訳『探偵小説の哲学』(法政大学出版局、叢書・ウニベルシタス、2005年、新装版2023年)です。

邦訳の目次は「圏域」「心理学」「ホテルのロビー」「探偵」「警察」「犯罪者」と続きます。クラカウアーは、探偵小説を娯楽としてではなく、合理性(Ratio)が支配するようになった近代社会のアレゴリーとして読みました。私はまだ本文を通読できていないので、以下は解説に拠る紹介です。よく知られているのは「ホテルのロビー」の章で、かつて人々が神の前に集った教会と、互いに見知らぬ者どうしがただ居合わせるホテルのロビーを対置しています。探偵は、聖職者のように独り身で、そのロビーで理性の儀式を執り行う存在として描かれます。いわば神学の構図を、神のいない近代に裏返して当てはめた議論です。

クラカウアーが論じているのは探偵小説一般で、ホームズ個人ではありません。それでも、前編のトゥルッツィと並べると、探偵の合理性を方法として評価する読解と、近代社会のあり方を示すものとして読む読解の違いが見えてきます。理性が社会のすべてを説明し尽くす世界は、人間どうしの関係が抜け落ちた世界でもある、というのがクラカウアーの見方だと私は理解しています。

モレッティ:手がかりと「終わり」の形式

二人目は、イタリアの文学研究者フランコ・モレッティ(Franco Moretti)です。論文 “Clues”(「手がかり」)は、1983年の論文集 Signs Taken for Wonders: Essays in the Sociology of Literary Forms に収められています。副題のとおり「文学形式の社会学」を掲げた本です。

モレッティが注目したのは、探偵小説の物語の形です。探偵小説では結末の謎解きがすべてを決めます。探偵が過去の出来事を再構成すると、物語は出発点に引き戻され、事件はなかったかのように閉じられます。

Dwivedi論文も、モレッティのホームズ論を引用しています。モレッティによれば、ホームズは後期ヴィクトリア朝の人々にとっての「医者」であり、社会がいまも一つの統一された、知りうる有機体だと納得させる存在でした。ホームズの科学は、その有機体のイデオロギーにほかならない、というのです。

モレッティは2000年の論文 “The Slaughterhouse of Literature” で、手がかりをもう一度取り上げ、なぜドイルの作品だけが同時代の探偵小説の中で生き残ったのかを論じました。この論文とHabjanの応答については、モレッティの系統樹を扱った記事とその後編で詳しく紹介しています。

ボルタンスキー:探偵小説と社会学は同じ問いから生まれた

三人目は、フランスの社会学者リュック・ボルタンスキー(Luc Boltanski)です。2012年にGallimard社から出た Énigmes et complots: Une enquête à propos d’enquêtes(『謎と陰謀:調査についての調査』)は、2013年にドイツ語訳、2014年に英訳 Mysteries and Conspiracies: Detective Stories, Spy Novels and the Making of Modern Societies、2016年にスペイン語訳が出ています。私が調べた範囲では、邦訳は見つかりませんでした。

この系譜の中で、ボルタンスキーは特別な位置にいます。探偵小説を論じた社会学者であると同時に、社会学そのものを探偵小説と並べて論じているからです。

ボルタンスキーが注目するのは、19世紀の終わりに、探偵小説、社会学、そして精神医学でいうパラノイアという三つの「調査」の形が、ほぼ同時期に現れたことです。三つとも、ふだん当たり前だと思っている世界に疑いを向け、表向きの現実の裏に、犯罪や誰かのたくらみといった隠れた現実を探します。ボルタンスキーは、この同時発生をヨーロッパの国民国家の成立と結びつけました。国家が人々の頼れる「現実」を安定させようとしたからこそ、その現実のほころびを探る物語や学問が生まれた、という見立てです。

ホームズはこの本の主役の一人です。ボルタンスキーは、イギリスの探偵小説をドイルのホームズで、フランスの探偵小説をシムノンのメグレ警視で代表させ、二つの国の国家のあり方の違いを読み取っています。スパイ小説については、ジョン・バカンの『三十九階段』を原型として扱っています。

Dwivedi論文の冒頭で「探偵小説と社会学は現実を理解する二つの方法だ」と引かれているのが、このボルタンスキーです。ただしDwivedi論文での引用は一か所にとどまります。論文の主張にいちばん近い先行研究は、トゥルッツィよりもむしろボルタンスキーだったと私は思います。

橋渡し:ギンズブルグの「手がかり」

ここで、前編の「方法」の軸と後編の「社会」の軸をつなぐ論文を挟んでおきます。イタリアの歴史家カルロ・ギンズブルグ(Carlo Ginzburg)の論文です。

イタリア語版は1979年に発表され(短い先行版は1978年)、英語版 “Morelli, Freud and Sherlock Holmes: Clues and Scientific Method” が1980年の History Workshop Journal に載りました。1983年には前編でも触れた『The Sign of Three』に、トゥルッツィの章のすぐ後ろに収録されました。邦訳『三人の記号』では、小池滋訳「手がかり:モレルリ、フロイト、シャーロック・ホームズ」として読めます。

ギンズブルグは、19世紀末に三人の人物が同じ型の知を使っていたと指摘しました。耳の形や爪の描き方から絵の作者を見分けた美術鑑定家モレッリ、言い間違いから無意識を読んだフロイト、そしてホームズです。いずれも、本人が気にも留めない小さな痕跡から、直接には見えない原因を推し量ります。ギンズブルグはこれを「徴候的パラダイム」と呼び、その起源を医学の診断や、獲物の足跡を読む狩人の知にまでさかのぼらせました。

ホームズの例としてギンズブルグが取り上げるのは、「ボール箱」の耳の場面です。実は前編のトゥルッツィも、同じく耳についてのホームズの発言を拾っています。トゥルッツィはこれを社会科学の観察技法として読み、ギンズブルグは近代の知の歴史の一場面として読みました。同じ一節が、二つの軸のどちらからも読めるわけです。

身体と都市を読む:ジャンとVasiliu

文学研究の側からは、ローズマリー・ジャン(Rosemary Jann)の “Sherlock Holmes Codes the Social Body“(ELH、1990年)が、身体や階級を読み取って社会を分類するホームズを論じた論文として、この系譜に連なります。

さらに現代的な例として、以前紹介したVasiliuによるBBC『SHERLOCK』の論文があります。都市社会学の理論で、現代のロンドンを舞台にしたホームズを読む研究でした。ヴィクトリア朝の都市を読んだモレッティやボルタンスキーの問いが、21世紀の映像作品にも向けられていることになります。

Dwivedi論文の残り半分

ここでDwivedi論文に戻ります。前編で扱った「方法」の節の前後には、もっと多くの頁が「社会」の側に割かれています。

  • 探偵の社会的機能:探偵は社会の守護者として秩序を回復し、中産階級に安心を与えた(CaweltiやKnightの議論に拠る)
  • 都市:テンニース、ジンメル、ヴェーバー、ワースらの都市論を並べ、ホームズのロンドンと対照させる
  • イデオロギーの機能:人類学者ギアツが、緊張理論によるイデオロギーの説明を四つの類型(カタルシス、士気、連帯、擁護)に整理したものを、探偵小説の働きに当てはめる。なお、Dwivediはこれを「緊張の四類型」と呼んでいますが、ギアツが整理したのは説明の類型で、ギアツ自身はこの緊張理論に批判的でした

この部分で気になるのは、社会学者の都市論とホームズの描写が、並べて置かれるだけで、どちらがどちらを照らすのかまで踏み込んでいない点です。また、ボルタンスキーやモレッティの議論に支えられた部分が大きく、論文独自の分析は多くありません。

事実関係の誤りも、この半分に集中しています。ロンドン警視庁の設立を1842年としていますが、実際は1829年です(1842年は刑事部門が設けられた年)。ダーウィンの没年も1892年となっていますが、正しくは1882年です。

トゥルッツィが拾っていた一節

最後に、私がいちばん印象に残った対比を書いておきます。

Dwivedi論文は、田園の屋敷が舞台になる事件を取り上げ、のどかに見える田舎にも危険があったと述べています。例として「ぶな屋敷」の名前も挙げているのですが、この問題を正典で最もはっきり語っている同じ作品の一節は引いていません。

ウィンチェスターへ向かう汽車の中で、車窓に散らばる農家を眺めながら、ホームズはワトスンにこう語ります。

都会では法律の手が届かぬところにも、世論の力というものがあって、代りをつとめてくれる。どんなにひどい裏町へはいっても、子供の苛められる泣き声とか、酔っぱらいのなぐりあいの物音とかは、必ず隣り近所の同情をひき、憤慨をかもすものだ。そして司法機関はいたるところ手近に備わっているのだから、ひと言それと訴えさえすれば、たちまちその出動をみるので、犯罪から断罪まではほんの一歩にすぎない。

けれどもあの寂しい家々を見たまえ。みんなはなればなれにひろい地所にそれぞれ独立していて、多くは法律のほの字も知らないような無知な人たちが住んでいるのだ。こういうところでひそかに悪事が行われたとしてみたまえ。おそらく何年でもその秘密は埋もれたままで、世に知れることはないのにちがいない。

町では、法の手が届かないところを世論の力が補い、隣人の同情と憤りが暴力を抑える。孤立した田舎の家にはそれがない。今日の社会学でいう「インフォーマルな社会統制」の問題として読むことができる一節です。

この一節を「犯罪学者としてのホームズ」の項で取り上げていたのが、前編のトゥルッツィでした。彼の論文は、方法の評価にとどまらず、ホームズ自身が語る社会の見方にも及んでいます。「方法のモデル」と「社会を読む対象」という二つの軸は、論者を分ける境界ではなく、一つの論文の中でも交差する問いだということを、この一節は教えてくれます。

おわりに

二回にわたって、社会科学がホームズをどう読んできたかをたどってみました。

  • 方法のモデルとして:トゥルッツィ、サンダース編の教科書、Ward & Orbell
  • 社会を読む対象として:クラカウアー、モレッティ、ボルタンスキー、Vasiliu
  • 両者をつなぐものとして:ギンズブルグの「手がかり」

academia.eduのアラートで届いた一本の論文から、ずいぶん遠くまで来ました。Dwivedi論文は、それ自体の分析よりも、先行研究への入口として役に立つ論文だったと思います。その入口の先に、トゥルッツィの217と28という数字がありました。

参考文献

  • Dwivedi, Ketaki. “Converging Precincts: Sociology and Sherlock Holmes.” Sociological Bulletin 67, no. 1 (2018): 67–83. https://doi.org/10.1177/0038022917751978(警視庁設立年の記述は69頁、ダーウィンの生没年は71頁、田園の屋敷とギアツの議論は76頁と80〜81頁)
  • Kracauer, Siegfried. Der Detektiv-Roman: Ein philosophischer Traktat. Frankfurt am Main: Suhrkamp, 1979.(初出:Schriften 1, 1971)
    • 邦訳:ジークフリート・クラカウアー『探偵小説の哲学』福本義憲訳、法政大学出版局(叢書・ウニベルシタス)、2005年(新装版2023年)。
  • Moretti, Franco. “Clues.” In Signs Taken for Wonders: Essays in the Sociology of Literary Forms. London: Verso Editions and NLB, 1983.(改訂版1988年)
  • Moretti, Franco. “The Slaughterhouse of Literature.” Modern Language Quarterly 61, no. 1 (2000): 207–227.
  • Boltanski, Luc. Énigmes et complots: Une enquête à propos d’enquêtes. Paris: Gallimard (NRF essais), 2012.
    • 英訳:Mysteries and Conspiracies: Detective Stories, Spy Novels and the Making of Modern Societies. Translated by Catherine Porter. Cambridge: Polity, 2014.
  • Ginzburg, Carlo. “Morelli, Freud and Sherlock Holmes: Clues and Scientific Method.” History Workshop Journal 9 (1980): 5–36.
    • 再録:”Morelli, Freud, and Sherlock Holmes: Clues and Scientific Method.” In Umberto Eco and Thomas A. Sebeok, eds. The Sign of Three. Bloomington: Indiana University Press, 1983, 81–118.
    • 邦訳:カルロ・ギンズブルグ「手がかり:モレルリ、フロイト、シャーロック・ホームズ」小池滋訳、エーコ、シービオク編『三人の記号』東京図書、1990年。
  • Jann, Rosemary. “Sherlock Holmes Codes the Social Body.” ELH 57, no. 3 (1990): 685–708.
  • Truzzi, Marcello. “Sherlock Holmes: Applied Social Psychologist.” In The Humanities as Sociology: An Introductory Reader, edited by Marcello Truzzi, 93–126. Columbus, OH: Charles E. Merrill, 1973. Internet Archive(「ぶな屋敷」の一節は114〜115頁)
  • コナン・ドイル「ぶな屋敷」、『シャーロック・ホームズの冒険』延原謙訳、新潮文庫(新潮文庫版シャーロック・ホームズ全集のCD-ROM版で本文を照合)。

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