この記事は、10月3日の記事の続編です。前回は、文化地理学者の David(Dave)McLaughlin の業績を、初期の発表原稿(ホームズ物語に出てくる杖や懐中時計といった「モノ」を論じたもの)から、博士論文、論文を経て、2024年の単著 Making the Literary-Geographical World of Sherlock Holmes: The Game Is Afoot(University of Wales Press)までたどりました。大まかに言うと、研究の関心が、物語の中に出てくる「モノ」から、読者が実際に歩き、書き、地図にしていく「世界」へ移っていく流れです。McLaughlin は現在、イースト・アングリア大学(UEA)の人文地理学の講師で、文学作品の舞台や、読者がそこを歩く行為を、地理学の立場から研究しています。前回読んでいない方も、この記事だけで分かるように書きます。
前回は、論文の一覧のなかで一文だけ紹介して、中身には踏み込めなかった文章があります。論文集 Creating Heritage for Tourism の第8章です。今回はこの章を、具体例を拾いながら読んでいきます。読んだのは Academia.edu で公開されているPDFです。題は「Readers, tourism and the making of Sherlock Holmes’s England」といいます。
この章の結論を先に書くと、次のとおりです。Hammer はホームズが実在したと主張したのではなく、読者が実際に訪ねられる遺産(heritage)の空間として「ホームズのイングランド」を作った、というのが McLaughlin の読みです。その空間では、ドイルの生涯にまつわる場所、正典の舞台、そして Hammer 自身の記憶の場所が、同じ地図の上に重ねられます。1
ただ、この章は、シャーロッキアン(ホームズ愛好家)の世界の約束事や、文化研究の用語を、かなり前提にして書かれています。そこで本稿では、本論に入る前に、必要な前提を先に整理します。すでにご存じの方は、「カイロで生まれた旅行ガイド」の節まで飛ばしてください。
書誌についてもお断りします。この章は、Palmer と Tivers の編による論文集 Creating Heritage for Tourism(Routledge)の第8章で、題は「Holmes as heritage: Readers, tourism and the making of Sherlock Holmes’s England」、pp.89-100 に収められています。この論集は、観光のために「遺産」がどのように作られていくかを、さまざまな事例で論じるものです。ホームズを扱うのは、その中のこの章です。本人サイトでは2019年刊、出版社ページのオンライン公開日は2018年7月です。2 今回読んだPDFの題には「Holmes as heritage:」の部分がなく、刊行版との関係(刊行前の原稿か、別の著者稿か)は確認できていません。以下の引用や要約は、この公開PDFに基づきます。頁もPDFのものなので、正式に引用する場合は刊行版で確認が必要です。
前提1:シャーロッキアンと「ゲーム」
章に出てくる「シャーロッキアン」とは、ホームズの物語を熱心に読み、研究し、楽しむ人たちのことです。英語圏では、この楽しみ方に「ゲーム(the Game)」という名前があります。ホームズとワトスンを実在の人物として扱い、正典(ドイルが書いた長編4作・短編56作)の記述を歴史的な記録とみなして、矛盾を解いたり、二人の経歴を推理したりする遊びです。たとえばワトスンの戦傷が、ある作品では肩、別の作品では脚と書かれているのはなぜか、といった問いを、大真面目に論じます。3
起源として、オックスフォードの学生だった Ronald Knox が1910年代初めに書いた「Studies in the Literature of Sherlock Holmes」がよく挙げられます。1928年の論集 Essays in Satire に再録されました。推理作家の Dorothy L. Sayers も、この遊びは「大真面目に」やらなければ雰囲気が壊れる、という趣旨のことを書いています。ニューヨークでは Christopher Morley が Baker Street Irregulars という愛好家の団体を作りました。ただし、Knox の論文が本当に起点だったかどうかには異論もあり、1902年にすでに先行する文章があったことも指摘されています。4
章が引いている G.K. Chesterton の言葉は、この文脈で読むと分かりやすくなります。シャーロッキアンがこの調子で続けると、いつか多くの人が「ホームズは実在し、ドイルは存在しなかった」と信じるようになるだろう、という皮肉です。5 後で見るように、Hammer はこの遊びの参加者でありながら、「ホームズが実在したとは信じていない」と明言しています。章が面白いのは、その点です。
前提2:「遺産」と文学観光
次に、章の用語を整理します。「文学観光(literary tourism)」は、作家の家や、小説の舞台になった場所を訪ねる旅のことです。この研究分野では、そうした場所の価値を、歴史(history)ではなく遺産(heritage)の観点から論じる流れがあります。
歴史と遺産の違いを、章が頼りにしている David Lowenthal の考え方を借りて言えば、こうなります。歴史は、過去に実際に何があったかを検証する営みです。遺産は、過去を現在の目的に合わせて「使える形」に整える営みです。その過去は、事実と少しずれていても、人々の集団にとって意味があれば、遺産として成り立ちます。章が文学遺産の議論で中心に置く Andrea Zemgulys は、文学遺産には、作家が作品を書いた場所(創作の場)と、読者が作品を読んだ場所(読書の場)の両方が関わると論じました。6 本稿の見出しの「創作の場」「読書の場」は、この考え方によるものです。
McLaughlin がホームズに応用するときの要点は、「ホームズは歴史の人物ではなく、遺産の人物だ」という言い方にあります。実在したかどうかとは別に、シャーロッキアンという集団にとって意味のある場所が、現実のイングランドの中に作られていく、ということです。
前提3:David Hammer とは
章が扱う David Hammer は、刊行章の概要によれば、アメリカの弁護士で、自称ホームズ愛好家です。1983年から2001年にかけて、シャーロッキアン向けの旅行ガイドを書きました。7 最初の一冊 The Game is Afoot は、インディアナ州ブルーミントンの Gaslight Publications から出ています。3 書名の「The Game is Afoot」は、ホームズの有名な台詞に由来する言葉であると同時に、先ほどの「ゲーム」を指す語呂合わせにもなっています。この点は私の読みです。
カイロで生まれた旅行ガイド
章はカイロの話から始まります。1970年代の終わり、Hammer がホームズを訪ねるイングランド旅行を思いついたのが、カイロだったそうです。旅行代理店にその計画を相談したとき、「現地を知っているなら、ツアーは要らない」という趣旨のことを言ったと、回想録に書いています。そこで、ツアーがないなら自分で作ろうと考え、1983年から2001年にかけて旅行ガイドを書き続けました。章が挙げている四冊は、The Game is Afoot(1983)、For the Sake of the Game(1986)、The Worth of the Game(1993)、A Deep Game(2001)です。8 なお、Hammer にはヨーロッパ大陸を扱う A Dangerous Game(1997)もありますが、これは別系統のガイドで、この章が「イングランド」のガイドとして数える四冊には入っていません。前回紹介した2016年の論文(歩くことを論じたもの)が読んだ Hammer の本は、こちらのヨーロッパ版です。
McLaughlin はこれを、前回の記事でも触れた「拡張的な文学地理学(expansionary literary geography)」の一例として位置づけています。これは McLaughlin が博士論文で使った用語で、章の冒頭(PDF 1頁)では、読者が文学の創造力を意識的に使い、物語の空間に新しい場所を付け足していく営みを指すと説明されています。読者が実際の場所で得た体験を、ホームズの虚構世界の延長にしていく、ということです。ただ、この章の関心は少し違うところにあります。論の核になるのは、Hammer 自身が回想録に書いた次の考え方です。
Hammer は、ホームズが実在したとは信じていない、しかしホームズは「歴史の人物にはならなかったが、遺産(heritage)の人物にはなった」と書いています。9 章は、この「遺産」という捉え方が、彼の旅行ガイドをどう形づくったかを読み解きます。
枠組み:三つの要素
McLaughlin は、先ほど触れた Zemgulys の議論を使って、Hammer のガイドを三つの要素から読みます。「創作の場」「読書の場」、そして他の読者の意識です。Zemgulys はまた、文学遺産が、集合的に統制しようとする力と、個人の読書体験とのあいだで緊張をはらむと述べており、章はその緊張の扱いにも注目しています。10
第一の要素:創作の場
Hammer は最初のガイドの序文で、自分の目的を、正典を厳しい検証(“acid test”)にかけ、元の出典に戻ることだと書きました。ただし章が注目するのは、彼の言う「元の出典」が、特定の物語のテキストではなく、イングランドそのものだったという点です。回想録によれば、彼は自宅のあるノーウッドの近くにホームズゆかりの場所が多いことから、ドイルが散歩で見た景色を物語に結びつけたのだと確信し、場所が物語を生むこともあったと考えていました。これは Hammer の確信であって、ドイルの創作の実態について確かめられた事実ではありません。11
その結果、ガイドにはホームズの物語の舞台と、ドイル自身の足跡が並んで載ります。The Worth of the Game では、ドイルの幼少期の地であるエディンバラのピカーディ・プレイスが取り上げられました。ドイルは1859年5月22日に、ここの11番地で生まれたとされています。ただし、建物が現在も残っているかどうかは、資料によって記述が食い違います(再開発で取り壊されたとする資料があります)。12 A Deep Game では、ストランド・マガジン社のかつての事務所が、ロンドンのホームズゆかりの場所に加わります。ストランド・マガジンは、ホームズ物語が連載された雑誌です。そこは、無名だった Dr. A.C. Doyle(アッパー・ウィンポール・ストリート2番地)の原稿が持ち込まれた場所だと説明されています。McLaughlin は、これによって「創作の場」と「物語の場」の境目がぼかされると読みます。13
いちばん熱のこもった例が、ドイルの母校ストーニーハーストの訪問です。ストーニーハーストは、イングランド北西部のイエズス会系の学校で、ドイルは少年期に、準備校のホッダーを経て、1875年までここで学んだと伝えられています。14 Hammer はそこを、かねてから訪ねたかった場所と書き、少年ドイルが成人のドイルになった場所として描きます。リブル川沿いを進む道や、周囲の夏の緑の描写も詳しく書かれています。McLaughlin は、場所を言葉で描写することが、その場所を自分のものにする行為になりうるという Lennard Davis の議論(ロビンソン・クルーソーが住処を線で囲むたとえ)を借りて、この描写を「所有の行為」として読みます。15
この「ドイルの足跡を辿る」読み方は、場所に物語の種を探す楽しみにもつながります。たとえばストーニーハーストには、モリアーティという姓の兄弟が同級生にいたことが知られており、これをホームズの宿敵の名の由来とみる説があります。ただし、これは仮説の域を出ず、根拠が確かめられているわけではありません。16 この種の連想が、場所を訪ねる動機をさらに増やすのだろうと思います。
第二の要素:読書の場(Chequers)
二つ目の要素の例が、オックスフォードの Chequers というパブです。まず、物語の側から説明します。「這う人」は、ケンブリッジとオックスフォードを混ぜたような架空の大学町「カムフォード」を舞台にした事件で、ホームズはワトスンに、Chequers という宿を挙げて、そこは以前、ポートワインが水準以上で、リネンが非の打ちどころがなかったと話します。17 「カムフォード」がオックスフォードとケンブリッジのどちらかについては、長く議論があります。章が引くとおり、Hammer は「出身校への愛着」でどちらと見るかが分かれる、と書いています。一方、ホームズ協会ロンドン支部の Gazetteer(ホームズゆかりの場所の案内サイト)は、ケンブリッジに Chequers という名の宿はない、と注記したうえで、オックスフォードのハイ・ストリート131番地のパブを、Bernard Davies が2008年に同定したものとして載せています。Hammer のガイド(1993)の方が早いので、この記載が「初めて同定された年」を意味するのかどうかは、私には判断できません。17
ここで面白いのは、McLaughlin が取り上げる Hammer の叙述の順序です。彼は1960年代の終わりにオックスフォードにいた学生時代に、このパブがシェイクスピアの定宿だったと誤って信じていたこと、あとで調べると、パブとしての最初の記録は1681年で、シェイクスピアには間に合わないと分かったことを、1ページ半ほどかけて書きます。ホームズとの結びつきが出てくるのは、その話の途中で「1979年にホームズとの関連に気づくまで、それはそのままだった」と添える、ごく短い一文だけです。つまり、ホームズの舞台としてのパブより先に、彼自身の記憶が来るわけです。
訪問の最後に、Hammer は妻と食事をしたと書き、いまは客室を貸していないが、それは壁に愛国的な「VR」の文字を銃弾で刻む客がいたせいではないか、と冗談めかしています。そのうえで、物語の年は1903年だから「ER」のはずだ、と訂正まで付けています。この冗談は、少し説明が要ります。「VR」は Victoria Regina(ヴィクトリア女王)、「ER」は Edwardus Rex(エドワード7世)の王号略字です。「マスグレーヴ家の儀式」には、退屈したホームズがソファに座ったまま、壁に銃で「VR」の文字を撃ち込む場面があります。Hammer は、その話を「這う人」の宿に移し替え、女王の時代が終わったあとなので「ER」だった、と年代考証の遊びをしているわけです。McLaughlin はこの場面に、ホームズの亡霊が「くつろぐ」姿と、パブでくつろぐ書き手 Hammer の姿が重ねられていると読みます。読者の読書体験が、ドイルの創作と同じ高さで「ホームズのイングランド」を作る材料になっている、というのが章の主張です。18
第三の要素:他の読者
三つ目は、他の読者の存在です。Hammer の回想録によると、最初の出版社の Jack Tracy が、原稿には場所をどう見つけたかという個人的な探索の過程を書くべきだと助言しました。Hammer はそれを自慢話ではないかと思っていましたが、Tracy は、読者を探索の「同乗者」にする魅力のある細部だと見たそうです。19
この方針は、ガイドの書き方に表れます。章が引く例が、「ウィステリア荘」の探索です。「ウィステリア荘」は、短編集『最後の挨拶』に収められた作品で、ロンドンの男性が、知り合ったばかりの人物の家「ウィステリア荘」(サリー州エシャー)に泊まったところ、翌朝には家がもぬけの殻で、家の主が死体で見つかる、という事件です。20 Hammer は、ワトスンの記述が正確なら、荘はエシャー・コモンとオクショット・ヒースのあたりにあるはずだと辿り、何度も道を歩き直したが、元の荘に見合う古さや様式の住宅は見つからなかった、と書いています。場所が見つかったと断言する代わりに、探した過程と、見つからなかった事実を読者に見せるわけです。21
面白いのは、その後です。Gazetteer によれば、Bernard Davies が、19世紀末にエシャーの The Rythe の敷地に「Copseham」という家があったことを示し、これが唯一の候補だと述べました。ただしその家は、近隣の大邸宅と同様、20世紀に取り壊されて高級住宅地に変わった、とされています。20 つまり、Hammer が見つけられなかった場所について、探索が後の読者に引き継がれ、いまも続いているのです。「見つからなかった」と書く Hammer の叙述は、読者が参加する余地を残したと言えそうです。この解釈は私の読みです。
Hammer は The Worth of the Game で、シャーロッキアンはそれぞれ、ホームズとワトスンの身近な世界について「自分だけの見方」を秘かに持っている、そしてこの小さな本は読者の「夢を支える」ためのものだ、とも書いています。McLaughlin は、これが遺産を、権威をもつ一つの公式の過去とみなす見方と食い違いそうに見える点を、章の中で丁寧に整理します。遺産は集合的記憶の一形態でもあり、Hammer のガイドは、個々の読者の記憶を重ねる焦点になる、というのが彼の答えです。22
ガイドブックであること
結論で McLaughlin は、Hammer が論考や研究書ではなく、旅行ガイドを書いたことの意味を強調します。ガイドは、読者に実際に現地へ行くよう誘うものだからです。その訪問は、記念の行為であると同時に、創造の行為でもあります。章は David Lowenthal の「真実の嘘」という言い方を借りて、ホームズと「半分だけ現実の」人生を、世界の中に物質的な場所として根づかせる営みだと結んでいます。23
ここまでが McLaughlin の議論です。以下では、それを読んで考えたことを書きます。
日本の読者の場合:もう一つの例
ここからは、章の外の話です。「読者が場所を作る」という営みは、英米だけのものではありません。在英日本大使館のウェブマガジンによれば、東京のベアリッツ(Baritsu)支部は1948年に作られ、1953年にロンドンで、ホームズを記念する最初のプレートを建てました。Japan Sherlock Holmes Club は1977年に設立され、2011年10月8日には、エディンバラの日本総領事館で、ジョゼフ・ベルを顕彰する銅板の除幕式を行っています。そこはベルの最後の住まいで、ドイルのホームズのモデルとして知られる人物の没後100年にあたる日でした。24
これを McLaughlin の枠組みで読めるかどうかは、私には確信がありません。ただ、物語の舞台ではなく、ホームズのモデルとされた人物の「創作の場」に、読者の団体が印を付けたという点では、Hammer がドイルの母校やピカーディ・プレイスを訪ねた手つきと、通じるものがあるように見えます。これは私の連想で、章が論じていることではありません。
読んで考えたこと
前回の記事では、McLaughlin の関心が物語の中のモノから、読者が歩き、書き、地図にする実践へ移ったと整理しました。今回の章を読んで感じたのは、Hammer が示した手つきが、その後の研究の対象の置き方と響き合っていることです。「ウィステリア荘」の探索のように、答えを出す代わりに探す過程を見せる書き方は、読者が場所を「作り続ける」様子を描くうえで、都合のよい素材だったのだと思います。
もう一つ、Chequers の例で、「ホームズの舞台」の確認より先に、自分の学生時代の記憶が語られることに驚きました。ホームズの足跡を探す旅が、結果として書き手自身の過去の再訪になっている、というのは、シャーロッキアンの旅の実感に近い気がします。ただし、これも私の感想で、章が一般化しているわけではありません。
注
頁は、今回読んだ公開PDFのものです。刊行版とは異なる可能性があります。
- 章の要旨は、刊行章の概要(UEA リポジトリ)にも同趣旨の記載がある。↩
- 刊行章の書誌は 本人の研究業績ページ(2019年、pp.89-100)と 出版社ページ(第8章、DOI 10.4324/9780203701881-8、オンライン公開日2018年7月27日)による。UEA リポジトリでは日付が2018年7月31日となっている。↩
- 「ゲーム」の説明は Wikipedia「Sherlockian game」による(ワトスンの戦傷の矛盾の例も同項目)。Hammer の1983年の初刊の書誌は、PDF の参考文献によれば Bloomington, IN: Gaslight Publications である。↩ ↩
- Knox の論文の位置づけは同項目による。年代(1911年の講演、1912年の刊行など)は資料により異なる。起点説への異論は、Academia.edu の論考「The Ronald Knox Myth」を参照。↩
- PDF 2頁(Saler 2012 を介した Chesterton の言葉として)。↩
- PDF 2-4頁。↩
- 刊行章の概要(UEA リポジトリ)による。↩
- PDF 1頁。四冊目の A Deep Game の刊行年は、本文では2001年、PDF末尾の参考文献と本文の引用箇所では2002年と、原稿内で揺れている。本稿では本文の記述に従った。↩
- PDF 2頁(Hammer 2001 の回想録からの引用として)。↩
- PDF 3-4頁。↩
- PDF 5頁。↩
- PDF 5頁(ピカーディ・プレイスの扱い)。ドイルの生年月日と生地は Wikipedia「Arthur Conan Doyle」、建物の現状は Wikipedia「Greenside, Edinburgh」(1969年に取り壊されたとする)と、Arthur Conan Doyle Encyclopedia(現存するとする)で食い違う。↩
- PDF 5-6頁。↩
- ドイルの学歴は Wikipedia「Arthur Conan Doyle」(ホッダー1868年、ストーニーハースト1875年まで)による。↩
- PDF 6-7頁。↩
- モリアーティ兄弟については Great British Life の記事と Wikipedia「John Moriarty (Attorney General)」を参照。後者は由来説を根拠の薄いものとして扱っている。↩
- 物語と場所の同定は Sherlock Holmes Gazetteer「The Chequers Inn」による(ホームズの台詞の引用元として同ページ)。↩ ↩
- PDF 8-10頁。「マスグレーヴ家の儀式」の場面は、PDF 10頁が「ホームズがソファから壁に銃弾を撃ち込む」と言及している。Hammer が物語の年を1903年とみなしている点も、PDF 9頁の引用による。↩
- PDF 11頁。↩
- 作品の概要と、場所の同定は Gazetteer「Wisteria Lodge」と Gazetteer「The Rythe, Esher」による。事件の年代は、作中の1892年ではなく1894年または1895年とする説が示されている。↩ ↩
- PDF 13頁。↩
- PDF 11-12頁。↩
- PDF 13-14頁。↩
- 在英日本大使館ウェブマガジン「Sherlock Holmes inspiration honoured in Scotland」による。↩
参照元
- McLaughlin, David. “Holmes as Heritage: Readers, Tourism and the Making of Sherlock Holmes’s England.” In Creating Heritage for Tourism, edited by C. Palmer and J. Tivers, 89-100. Abingdon: Routledge, 2019. 出版社ページ / UEA リポジトリ
- McLaughlin, David. “Readers, tourism and the making of Sherlock Holmes’s England.” Academia.edu 公開PDF(本稿が読んだもの)。PDF。同題・近縁題の掲載ページとして こちら と こちら がある。
- Dr Dave McLaughlin: Research
- Hammer, David L. The Game Is Afoot: A Travel Guide to the England of Sherlock Holmes. Bloomington, IN: Gaslight Publications, 1983.(ほか三冊は、PDF の参考文献に拠る)
- Wikipedia: Sherlockian game
- Sherlock Holmes Gazetteer: The Chequers Inn / Wisteria Lodge / The Rythe, Esher
- 在英日本大使館:Sherlock Holmes inspiration honoured in Scotland
- Wikipedia: Arthur Conan Doyle / Arthur Conan Doyle Encyclopedia: Residences
- University of Wales Press:Making the Literary-Geographical World of Sherlock Holmes: The Game Is Afoot
- シャーロッキアン日記 2026年10月3日:ホームズの「モノ」から読者の「世界」へ:David McLaughlin の研究を追う
