ロンドン・シャーロック・ホームズ協会(SHSL)からメールが届いたのは、少し前のことでしたが、やっと詳細について確認できましたので、書いておきたいと思います。
5月22日は、先日も書いたようにコナン・ドイルの誕生日でもあるのですが、1951年にロンドンで開催された歴史的なシャーロック・ホームズ展が幕を開けた日でもあります。
メールにはこう書かれていました。
2001年、50周年を記念してウェストミンスター図書館が開設したウェブサイトをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。あのサイトが、今回75周年を機に復活しました。アメリカのRandall Stockが救出・リニューアルし、スマートフォンやタブレットでも快適に閲覧できるようになりました。
75年前、ベイカー・ストリートに221Bが出現した
上記のサイトは、1951年5月22日から9月22日まで、ロンドンのベイカー・ストリートにあるAbbey House(221B番地にあったビル)で開催されたシャーロック・ホームズ展に由来しています。
この展覧会が生まれた経緯は、それ自体がひとつの物語です。1950年10月のある嵐の夜、セント・マリルボン区の議会では翌年に開催される英国祭(Festival of Britain。戦後復興を象徴する国家的博覧会)への参加をめぐって議論が白熱していました。労働党グループは区の近代化を示す展示を提案しましたが、会場の確保や費用面から難しいとされ、代わりにロバート・シャープ議員が提案したのが「シャーロック・ホームズ展」でした。
ところが、この提案をめぐって国内の新聞が誤報を流し、「議会がホームズ展を否決した」と報じてしまいます。抗議の手紙が殺到し、The Times 紙上ではワトスン博士やハドスン夫人、マイクロフト・ホームズからの投書が相次ぎました(もちろん、シャーロキアンたちによるいたずらです)。モリアーティ教授からの脅迫状まで送られてきたという逸話も残っています。この騒動を経て、1950年10月31日、議会は正式にホームズ展の開催を決定しました。
細部へのこだわりが生んだ「生きた221B」
展覧会の目玉は、1898年当時の221Bの居間を原寸大で再現した部屋でした。舞台デザイナーのMichael Weight(1906–1973。映画や演劇で活躍していた舞台美術家)が正典を精読しながら設計し、マントルピースにはジャックナイフで未回答の手紙が刺さり、壁には「VR」の弾痕が刻まれ、ガソジーンとペルシャのスリッパが所定の位置に置かれていました。
細部へのこだわりは徹底していました。ティーテーブルには食べかけのアフタヌーン・ティーが置かれていましたが、当初のバタートーストは「クランペット(表面に小さな穴が開いた円形の英国伝統のパン)でなければならない」と来場者から厳しく指摘され、セント・オールバンズのパン屋が毎日新鮮なクランペットを届けることになったといいます。しかも、ホームズとワトスンが「それぞれ違う歯」で噛んだように見せるため、二人のスタッフが毎日クランペットを一口ずつかじり分けていたのだそうです。
音響にも細心の注意が払われました。外では辻音楽師が楽曲を演奏しているのですが、「イエス、バナナがない」(”Yes, We Have No Bananas”)が流れているという苦情が来て物議を醸しました。その曲が1898年には存在しないためです。関係者は否定しましたが、真相は今も定かではありません。
閉幕を目前にした9月17日、展覧会はついに5万人目の来場者を迎えました。第50,000番目の来場者は、バース・ダウンサイド修道院のラザフォード院長神父で、ホームズ全集の署名入り特装本が贈られました。
展覧会が生み出したもの——協会、コレクション、そしてパブ
この展覧会は単なるイベントにとどまりませんでした。1951年4月18日(展覧会開幕の約1か月前)、熱心なファンたちがマリルボン・タウン・ホールに集まり、シャーロック・ホームズ・ソサエティ・オブ・ロンドン(SHSL) の設立を決議しました。同年7月17日、ヴィクトリア&アルバート博物館で正式に発足したこの協会が、75年後の今、上記サイトを公開・維持している団体です。そして幸いなことに、私も20年ほどこの協会の会員として所属しています。
展覧会の資料は、ウェストミンスター図書館所蔵のシャーロック・ホームズ・コレクションの核となり、今日まで受け継がれています。そして展示に使われたセットや小道具の多くは、ノーサンバーランド街のシャーロック・ホームズ・パブ(1957年12月開業)に移設され、現在もその上階に当時の221Bが再現されています。
サイトの見どころ
復活したサイトには、以下のコンテンツが収録されています。
- 写真ギャラリー:展示ホールと221B居間の写真。75年前のシャーロキアンの熱量が伝わってきます。
- 1951年オリジナル・カタログ:展示品のすべてが記録された公式カタログを全文で読むことができます。
- 歴史ページ:Catherine Cookeによる詳細な成立史(議会議事録の抜粋も)。
- 動画:展覧会と221B居間に関する映像資料。
- 来場者の記憶:1951年に実際に展覧会を訪れた人々の証言集。
サイトのリニューアルはアメリカのシャーロッキアン・研究者 Randall Stock氏が主導し、Catherine Cookeとウェストミンスター図書館の協力のもと、スマートフォン対応のモダンなデザインに生まれ変わりました。2001年にウェストミンスター図書館が開設したオリジナル版から20年以上が経過し、技術的な問題でアクセス不能になっていたものが、今年の75周年を機に救出されたのです。
このサイトの魅力は、単なる歴史解説ではありません。1951年の来場者が実際に目にした展示風景や公式カタログ、当時を知る人々の証言を通じて、まるで75年前のベーカー街へタイムスリップしたかのような体験ができます。
ホームズ研究の歴史を語るうえで、この1951年展は欠かすことのできない出来事です。今回復活したサイトは、その伝説的な展覧会を現代に伝える貴重なデジタルアーカイブと言えるでしょう。私もこれから資料を読み込みながら、当時のシャーロッキアンたちの熱気や文化を学んでいきたいと思います。

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