先日、発売前の紹介をした「シャーロック・ホームズは引退しました」を仕事帰りに購入しました。

早速序盤を読み進めています。
あらすじはAmazonによれば以下のようなものです。
拝啓、依頼人さま。
名探偵のいないベイカー街221Bより。ホームズの実在を信じる人々のため、
調査・謎解き代行します。
個性きらめくミステリ、堂々封切り!シャーロック・ホームズの物語が人気を博する1932年、こちらロンドンはベイカー街。ホームズの作中住所(221B)に建つ住宅金融組合には、かの探偵の実在を信じる人々から依頼の手紙が今日も届く。解く者のいない謎にひたすら断りの手紙を返していた郵便室勤務のハリエットはある日、奇妙な失踪を遂げたメイド捜(さが)しの依頼に心を揺さぶられ……。謎とキャラクターの魅力きらめくミステリ! 著者あとがき=ホリー・ヘップバーン/解説=北原尚彦
ホームズ宛の手紙が、ロンドンのベイカー街221B宛てに届くという話は昔から聞いたことがありました。本を読み進めるのと並行して、ホームズへのレターとその返答を書く秘書について、調べてみました。
ベイカー街221Bは、1887年にコナン・ドイルが『緋色の研究』の中で書き記した、文字通り「架空の住所」でした。ドイルが正典を執筆していた当時、ベイカー街の番地は200番台に届いていなかったため、読者が実際に手紙を送ろうとしても、物理的に存在しない場所だったのです。ところが1932年、事態は一変します。
1932年、ロンドンのベイカー街が北側に延伸され、街区番号が200番台まで割り当てられました。219番から229番のブロックには、アベイ・ロード・ビルディング・ソサエティ(後のアベイ・ナショナル)が建設した、どっしりとしたアール・デコ様式の建物「アベイ・ハウス」が存在していました。
イギリスの住所体系では、番号にアルファベットが付く場合は大型建物内の区画を示します。ベイカー街の200番台住所が実在化したことで、少なくとも郵便実務上、「221B Baker Street」が現実の住所として扱われる土壌が整ったのです。架空だったはずの住所が、突然、実在するようになった。この偶然が、その後70年以上にわたる奇妙なやりとりの始まりとなります。
アベイ・ナショナルが入居してほどなく、世界中から「ベイカー街221B シャーロック・ホームズ様」宛の手紙が届き始めたのです。その数、月に数十通と言われています。依頼の内容はさまざまで、実際の事件解決を求めるものから、単なるファンレターまで多岐にわたりました。なかには、シャーロキアンが「ホームズの誕生日」と定めている1月6日に合わせてグリーティングカードを送ってくる人まで現れました。
当初は物珍しいエピソードとして受け止められていたこの現象も、手紙の量が増えるにつれ、対応不能なレベルに達します。
そのためアベイ・ナショナルでは、ホームズ宛郵便を扱う担当スタッフが置かれ、返信はしばしば「Secretary to Sherlock Holmes」名義で送られるようになります。
返信の定型文として使われたのが、「ホームズは現在、サセックスにて引退し、養蜂業に従事しております。新たな依頼はお受けできない状況です」という趣旨の文面でした。これは正典後期で示唆されるサセックスでの養蜂生活に忠実なもので、担当者がよほどシャーロキアン的素養を持っていたか、あるいは意識的に原作を参照していたのでしょう。
このあたりは、「シャーロック・ホームズは引退しました」の主人公である、シャーロック・ホームズの秘書であるハリー・ホワイトにも忠実に反映されています。
気になるのは、今の状況がどうなっているのか。我々も221Bにレターを出すと返事が返ってくるのかということ。
1990年、ベイカー街239番地の古いジョージ王朝時代の建物を改装したシャーロック・ホームズ博物館が開館しました。「博物館はウェストミンスター市議会の特別許可を得て「221B」の住所を正式に名乗ることになります。博物館側が「こここそ正典の221B」と主張する根拠のひとつとして、1815年建築のこの建物が正典に描かれた通り「17段の階段」を持つことが挙げられていました。
これに対してアベイ・ナショナルが異議を唱えました。物理的な221Bの区画はアベイ・ハウス内にある、だからホームズ宛の郵便はこちらへ届けるべきだ、というのが同社の主張です。博物館側は「ホームズの世界観を体現しているのはわれわれだ」と反論しました。こうして始まった「221Bの住所争奪戦」は、じつに15年間続きます。
この問題は2000年代半ばまで尾を引きました。最終的には、アベイ・ナショナルがベイカー街から撤退したことで、ホームズ宛郵便は事実上、博物館側へ集約されることになります。
ちなみに博物館の実際の所在地は、237番地と241番地付近であり、厳密な意味で「221B」ではありません。にもかかわらず「Sherlock Holmes, Consulting Detective, 1881–1904」というブループラーク(しかも、公式のイングリッシュ・ヘリテージ制度に基づいたものではない)を掲げて、ホームズ宛のレターを奪い取ったという事実に、少なからぬシャーロッキアンが批判的な視線を向けているということは覚えておいてもよい事実であると思います。ホームズファンだからホームズ博物館に行きました!というのは問題は無いと思うものの、一部シャーロッキアンの間では、「長年ファンレター対応を担ってきた組織から、商業博物館へ役割が移った」と見る向きもあり、この点に複雑な感情を抱く人もいることは覚えておいても良いと思います。
結局のところ、アベイ・ナショナルがサンタンデール銀行に吸収合併され、アベイ・ハウスからも完全に撤退した現在、アベイ・ナショナル時代のような企業所属の「ホームズ秘書」は、現在では姿を消しました。(ホームズ博物館もレターへの返信をすることもあるという情報もありますが、私も現時点で確実な情報を持っていないので、また追って検証したいと思います。)
約70年間、世界中のホームズファンや、本気でホームズに事件解決を依頼しようとした人々の手紙に、サセックスの養蜂家の代理として丁寧に返信し続けた、そんな仕事がかつてロンドンに存在したという事実は、忘れてはならないことだと思います。
ホームズ宛にどんなレターが来ていたのか、については、実は面白い本があるのですが、それはまた追って紹介したいと思います。

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