Googleアラートからのメールを眺めていたら、「海外ドラマNAVI」というサイトの記事に目が留まりました。

ジェレミー・ブレット主演の名作ドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』の全41話のあらすじとトリビアをまとめた記事です。このドラマは1984年4月24日からイギリスのITV系列で放送が始まり、以後およそ10年にわたって続いた人気シリーズでした。本日からBSプレミアム4Kで再放送されるとのことで、それに合わせた企画記事のようです。

原作とドラマの話の並び順が違う、という話
記事の中でまず面白いと思ったのは、正典の発表順とドラマ版で話の順番がかなり入れ替えられている、という指摘でした。例えば第2話「踊る人形」は、原作では短編集『シャーロック・ホームズの帰還』に収録された、発表順としては短篇56作中27番目の作品ですが、ドラマではあえて2番目に前倒しされている、とのことです。記事の推測では、暗号解読という探偵ドラマらしい要素があることと、ホームズがすぐに真相を見抜く展開が序盤向きだったからではないか、と書かれていました。ここは記事側の推測であって確定した制作意図ではないかもしれません。原作に忠実という特徴のあるグラナダTVで、原作順ではない決断というのは何かしら意図があったものと思われます。このあたり、『NHKテレビ版シャーロック・ホームズの冒険』という本を読めば、何か書かれているかなと思いましたが、私の確認した範囲では見当たりませんでした。(とはいえ、映像化作品としては非常に原作尊重で知られる一方、ドラマとして成立させるために構成や一部内容には独自の再構成も行われていることも付け加えておきます。)

マイケル・コックスが、シリーズ冒頭では代表的な作品を並べる方針だったと語っているという情報も見かけましたが、一次資料に当たれませんでした。上記の本には、当初13作の製作のみ決まっていたとのことが書かれていましたので、次期シリーズにつなげるため、視聴者の印象に残る代表作を序盤に配置したとしても不思議ではありません。
キャストが他のホームズ作品とつながっている、というトリビア
もうひとつ興味を引かれたのは、出演者の経歴を通じて他のホームズ映像化作品とのつながりが随所に出てくる点です。記事に書かれていた例をいくつか挙げると、
- 第1話でボヘミア国王を演じたウォルフ・カーラーは、のちにガイ・リッチー監督の『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』にも出演していたそうです。
- 第9話でマイクロフト・ホームズ役を演じたチャールズ・グレイは、1976年のパロディ映画『シャーロック・ホームズの素敵な挑戦』でも同じくマイクロフトを演じていたとのこと。
- 第13話「最後の事件」を最後に、初代ワトスン役のデヴィッド・バークが降板し、以降はエドワード・ハードウィックが引き継いだのはこのサイトでも書きました。
- 第40話「マザランの宝石」では、撮影直前にジェレミー・ブレットが入院したため、原作でホームズが担っていた役割がマイクロフトへ移されるなど、脚本にも大きな変更が加えられ、ブレット自身の出演場面は冒頭と終盤のみ別撮りになった、という制作事情も書かれていました。
これらはいずれも記事(海外ドラマNAVI)側の記述をそのまま紹介しているもので、一次資料まで遡っての裏取りはできていません。ホームズ映像化史のトリビアとしてはよく知られた話が多い印象ですが、その点は留保しておきます。
記事には書かれていませんが『ショスコム荘』(1991年)に、ガイ・リッチー版映画でジョン・ワトスンを演じるジュード・ローが、若き日の端役(ジョー・バーンズ)として出演していることもよく知られた逸話です。
後半のエピソードについては記載が少ないなと思ったら、これからも補足が入るとのことですので、こまめにチェックしていきたいと思います。
感想
原作の発表順とドラマの放送順がずれている、というのはシャーロキアン的にはおなじみの話ではありますが、それが「暗号解読ものを早めに見せたい」といった作り手側の意図(と記事が推測するもの)と結びつけて説明されているのは、あらためて読むと、「なぜこの順番なのだろう」という新たな気づきが得られました。原作の設定に忠実に従っているグラナダ版が、順番のみ原作に沿わせなかったのは何故なのか、とても興味深いところです。
また、ジェレミー・ブレット版のキャストが後年ガイ・リッチー版といった全く時代の異なるホームズ作品に出演している、というつながりの多さも、ホームズが世代を超えて再演され続けている作品であることを改めて感じさせます。
今回の記事は、単なる全41話ガイドというより、「映像版ホームズから原作へ」「原作から映像史へ」と読者を導く入口としてよく構成されていました。グラナダ版は今なお「もっとホームズを知りたい」と思わせてくれる作品であり、その魅力を再確認させてくれる企画だったと言えるでしょう。
機会があればブレット版そのものについても、いつか腰を据えて書いてみたいと思いますが、映像化の世界も奥が深く、どこまでカバーできるのかが課題です。
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