5月22日は、アーサー・コナン・ドイルの誕生日。1859年、エディンバラに生まれた彼は、今年で生誕167執念を迎えました。
シャーロッキアンとして、この日はちょっと複雑な気持ちで迎える日でもあります。
なぜなら、ドイルはホームズ物語の「作者」ではないのに、そのような言説で溢れているからです。そもそも物語でもなく、事件記録なのです。
「え、ドイルがホームズを書いたんじゃないの?」
一般の方にはびっくりされるかもしれませんが、シャーロッキアンの世界には、「The Grand Game(グランド・ゲーム)」と呼ばれる、長い伝統を持つ知的営みがあります。その前提は、シャーロック・ホームズは実在した、ワトスン博士もまた実在した、そして博士は自分が目撃した数々の事件の記録を世に公表した(ホームズ曰くロマンチックに脚色しすぎているとのことですが)。そして、アーサー・コナン・ドイルは、そのワトスン博士の「文学エージェント」、つまり出版代理人に過ぎない。
この立場に立てば、正典60篇は「フィクション」ではなく「記録文書」となるのです。語り手のワトスンが書いた生の記述として読みます。だから「第何章の記述は事実と矛盾しないか」「ホームズの生年はいつか」「ワトスンの結婚は何回か」といった問いが、真剣な研究テーマになってきました。
正典に書かれた文章から論理的に推論し、ヴィクトリア朝ロンドンの実際の記録と照合し、内的整合性を追求する、かなり地道で学術的な作業が要求されます。
The Grand Gameという名称が広まったのは、ドイルの死後のことですが、源流は1910年代にまでさかのぼります。フランクリン・ラングブリッジやロナルド・ノックスに早期の例を見ることができ、後にはドロシー・L・セイヤーズ、S・C・ロバーツらが加わり、20世紀を通じて積み重ねられてきた伝統とも言えるでしょう。
私は、この、いわばシャーロッキアン原理主義的な立場を心から楽しもうと決めて、事件現場を訪れたり、年代を推理したりとGameを愉しんできました。ホームズとワトスンを「実在した人物の記録を研究する」と見做した方が、はるかに深く、はるかに楽しい、というのが私の個人的な考えで、同じように考える人は過去にもたくさんいて、その積み上げも膨大なものとなっています。(決して、そう考えない人を否定したり批判したりするものではありません)
とはいえ、ドイルの功績を無視することはできません。
アーサー・コナン・ドイルは1882年、23歳でポーツマス(サウスシー)のBush Villasに開業医として独立した。わずかな資金で見知らぬ街に乗り込み、やがて『緋色の研究』や『四つの署名』の出版にこぎつけました。
私をはじめとする原理主義的シャーロッキアンは、彼が「ワトスンの出版エージェント」として、実によく仕事をしたと評価するところです。ホームズの事件記録は瞬く間に人気を博し、今日、ホームズが世界で最も有名な探偵として広く知られているのは、間違いなくドイルの働きがあってのことだ。
ドイルは数多くの著作を残している。歴史小説、SF、スポーツ論評、法廷への真剣な介入(オスカー・スレーター冤罪事件など)——多彩な顔を持つ人物でもあります。晩年は心霊研究に深く傾倒したが、それもまた、この人物の一面として興味深いところとなります。医師として、作家として、スポーツマンとして、社会運動家として——ドイル自身が、かなり面白い人物であるのは間違いがありません。
昨年(2025年)、ロンドン・シャーロック・ホームズ協会のイベントでポーツマスを訪れる機会がありました。
ポーツマスのコナン・ドイル・コレクション(リチャード・ランセリン・グリーン遺贈、ポーツマス・シティ・ライブラリー、ミュージアム所蔵)は、世界有数のドイル関連資料コレクションのひとつで、一次資料にアクセスできる貴重な施設となっています。こちらも訪問し、関係者からの講演で様々な裏話を聞くことができました。
実際に街を歩くと、Bush Villasがあった場所(現在はアパートが建つ)の壁に青いプレートが残っており、「ここで最初のシャーロック・ホームズが書かれた」と記されている。The Grand Gameの文脈で言えば、「ドイルがここでホームズ物語を書いた」ではなく、「ドイルがここで、ワトスンから預かった記録を編集・出版の準備をした」ということになるということになりますが。
5月22日は、ホームズとワトスンの記録を世界に届けた人物の誕生日。「作者」と呼ぶべきか、「出版エージェント」と呼ぶべきか――それは立場によります。
Grand Gameの視点では、ドイルはワトスン博士から託された記録を編集し、公刊した人物にすぎません。しかし、その仕事が驚くほど見事だったこともまた否定はできないのではないでしょうか。
ドイルなくしてホームズは知られず、ドイル抜きにシャーロッキアン史を語ることもできません。そんな人物の誕生日を心よりお祝いしたいと思います。

コメント