ロンドン・シャーロック・ホームズ協会(SHSL)からまたメールが届きました。今度は、9月に開催される「秋のウィークエンド」、今年は特別に「シンポジウム」と銘打たれたイベントの案内です。場所はケンブリッジ。SHSLの75周年にふさわしい、格調ある舞台が用意されていました。
マディングリー・ホール——16世紀の館で、ホームズを語る
イベントの会場は、マディングリー・ホール(Madingley Hall)です。
ケンブリッジ市街から西へ約6キロ、マディングリー村に佇むこの館は、16世紀半ばに建てられた邸宅で、現在はケンブリッジ大学の継続教育部門の拠点として使われています。
18世紀の造園家ケイパビリティ・ブラウンが手がけた庭園と、1,200種以上の植物を擁する広大な敷地が館を囲んでいます。
学術的な雰囲気と歴史的な佇まいを兼ね備えたこの場所は、シャーロキアンたちが集い、議論を深めるには、これ以上ない舞台と言えるでしょう。
SHSLの75周年記念として
今年2026年は、SHSLが設立されてからちょうど75年にあたります(1951年7月17日創立)。9月4日(金)から6日(日)にかけて開催される今回のシンポジウムは、その記念行事の一環です。
メールには、発表テーマについてこんな説明がありました。「特定のテーマを強制することなく、75周年にちなんだ内容か、シャーロキアン的な内容から自由に選んでもらった」とのこと。この自由な設定が功を奏したのか、現在予定されている発表テーマは、なかなか多彩です。
- 「英国祭(Festival of Britain)」
- 「ワトスン、それは感傷だ——1970年代のホームズ映画3作品が描いた『人間の心』」
- 「ワトスン博士とPTSD」
- 「青いガーネットの謎」
- 「キャヴェンディッシュ研究所」
- 「血は争えない——多くの形をとって(Art in the Blood takes many forms)」
- 「シャーロック・ホームズ——スーパーヒーロー」
「英国祭」は、昨日紹介した1951年のホームズ展と直接つながるテーマです。「ワトスンとPTSD」はアフガニスタン従軍の後遺症という正典の核心に触れる問いであり、「キャヴェンディッシュ研究所」はケンブリッジならではのテーマでしょう。そして「Art in the Blood takes many forms」というタイトルは…。
ボニー・マクバード——登壇者として注目
スピーカーのひとりとして名前が挙がっているのが、Bonnie MacBird(ボニー・マクバード)です。スタンフォード大学で音楽と映画を学び、映画『トロン』(1982年)のオリジナル脚本を手がけた経歴を持つ彼女は、現在はHarperCollinsからホームズのパスティーシュ小説シリーズを刊行する作家として知られています。
第1作『Art in the Blood』(2015年)をはじめ、ロンドンからパリ、スコットランドのハイランドへと舞台を移す冒険譚は、正典への敬意を感じさせる作品として、多くのホームズファンから支持を集めています。
BSI(ベイカー・ストリート・イレギュラーズ)のメンバーでもある彼女は、現在ロンドン在住で、SHSLの活動にも積極的に参加しています。「Art in the Blood takes many forms」というテーマタイトルは、彼女の第1作のタイトルそのものであり、彼女自身の発表ではないかと思われます。
土曜の午後は——ヴィクトリア朝の下水処理場へ
シンポジウムの合間、土曜の午後にはケンブリッジ技術博物館(Cambridge Museum of Technology)への見学ツアーが予定されています。
この博物館は、1894年に建設されたヴィクトリア朝の下水ポンプ場跡地に設けられています。かつてケンブリッジの汚水はキャム川に直接流れ込んでいましたが、この施設の完成によって市の公衆衛生は大きく改善されました。現在も館内には大型のHathorn Davey蒸気エンジンが2基保存されており、特別公開日には実際に稼働する様子を見ることができます。
ヴィクトリア朝の公衆衛生といえば、ホームズ正典が描く時代そのものです。ワトスンが医師として身を置いた19世紀末のロンドンでも、衛生問題は切実な課題でした。
ケンブリッジでその現場を直接目にする機会は、シャーロキアンにとって格別な体験になるはずです。
博物館にはさらに、1893年製のケンブリッジ大学出版局の印刷機械を展示する「プリント・ショップ」、そしてケンブリッジの先進技術企業の歴史を伝える「パイ・ビルディング(Pye Building)」も併設されています。
参加について
参加費は1人あたり425ポンドで、2泊の宿泊、金曜夜のドリンクレセプション、朝食・コーヒー・昼食・夕食がすべて含まれます。先着順での受付で、定員に達した場合はキャンセル待ちへの登録が可能とのことです。
SHSLのイベントの面白さは、発表を単に聴くだけではありません。発表者も参加者も同じホテルや会場で週末を過ごし、食事やティーブレイクの時間にもホームズ談義が続きます。研究者、作家、収集家、長年の愛読者が知り合い、語り合えることこそ、シャーロッキアンの集まりならではの魅力です。
私も昨年の秋のポーツマスでのイベントには参加して、他の会員の方と親睦を深めることができたのですが、残念ながら今回参加できません。
しかしこうして案内を読むだけでも、ケンブリッジの夕暮れのなか、16世紀の館でホームズ談義に花を咲かせる情景が目に浮かびます。参加される方には、ぜひ現地の空気を存分に味わってきていただきたいと思います。
そして、ケンブリッジといえば、シャーロッキアンの間で長く議論されてきた「ホームズはオックスフォード卒か、それともケンブリッジ卒か」という問題も思い出されます。
75周年記念の舞台としてSHSLがケンブリッジを選んだことに、何か象徴的な意味が込められているのかどうか――そんなことを考えてしまうのも、ホームズファンの悪い癖かもしれません。

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