Googleアラートで、10月23日付のTimes of Indiaの記事が届きました。英国のチャリティショップに寄付された『四つの署名』の1890年英国初版が、£11,520で売れたという話です。ただし、記事にもあるとおり競売は3月の出来事で、Oxfamの公式発表も3月30日付でした。半年あまり前の話題ですが、この機会に、ニュースの中身と『四つの署名』の初版本について、手元のGreen & Gibsonの書誌で確かめながらまとめておきます。
ニュースの概要
Oxfamの発表によれば、本はシュロップシャー州シュルーズベリーにあるオックスファムの古書店に、常連の寄付者からほかの寄付本と一緒に届きました。店のスタッフが普通の本ではないと気づき、状態や来歴を調べたうえで専門家の査定に回しました。その後ボナムズのオークションに出品され、£11,520で落札されています。収益はオックスファムの活動資金になります。
同じくOxfamによれば、この本は1890年英国初版の「第1イシュー」で、刊行時の赤い布装と、表紙・背の金文字を保っているとのことです。見返しには蔵書票があり、ナイトンのグウェルナフェル(Gwernaffel)に住み、ラドナーシャーのハイ・シェリフ(州の司法・治安に関わる歴史的な役職)を務めたジェイムズ・バージェス・ブート(James Burgess Boote)の旧蔵書と分かるそうです。店長のトム・コットン氏は、自分はホームズというよりハドスン夫人で、ボランティアや同僚が「ベイカー街不正規隊」になってくれた、とシャーロッキアンらしい言い回しでコメントしています。
なお、ボナムズの該当ロットは確認できていません。予想額、落札額に購入者手数料が含まれるかどうか、競売会社による状態の記述は不明です。
「初版」と「第1イシュー」
この本は1890年の英国初版で、そのなかでも最初に発売された装丁と出版社表示を備える「第1イシュー」に当たります。同じ初版の本文を使い、のちに装丁や標題紙を替えて販売されたものとは区別されます。
ここでいう「イシュー」は、印刷の回を指す「刷」とは別の区分です。この本の場合は、すでに印刷されていた本文の残部を使い、装丁や標題紙を替えて売り出した形態の違いが問題になります。以下、必要に応じて「発行形態」と言い換えます。
初出は英米同時刊行の月刊誌
Green & Gibsonの解説によれば、『四つの署名』が生まれたきっかけは、間接的には『コーンヒル・マガジン』の編集者ジェイムズ・ペインにあります。1889年夏、米国の『リピンコッツ・マンスリー・マガジン』は英国版の刊行準備と新しい寄稿者探しのため、ジョゼフ・マーシャル・ストッダート(Joseph Marshall Stoddart)をロンドンに送りました。ペインに相談したストッダートは、ドイルを推薦されます。
ペンシルヴェニア歴史協会が所蔵するリピンコット社の記録によると、英国版は1890年1月に創刊し、米国版と同時に刊行する計画でした。誌面の大部分は米国で印刷し、ロンドンのウォード・ロック社が英国向けの記事と合わせて製本するという仕組みです。こうしてドイルはランガム・ホテルの晩餐に招かれました。同席者はオスカー・ワイルドとアイルランド選出の下院議員トマス・ギルで、ドイルとワイルドはともに同誌への寄稿を約束します。その成果が『四つの署名』と『ドリアン・グレイの肖像』でした。1889年8月30日付の契約は、4万語以上の作品に£100を支払うという内容です。
作品は『リピンコッツ』1890年2月号(米国版第45巻、英国版第1巻、147〜223頁)に掲載されました。題は “The Sign of the Four; or The Problem of the Sholtos”、口絵はハーバート・デンマンによるものです。米国では同じ号が「リピンコッツ・マガジン・シリーズ第266号」として50セントの製本版でも売られました。こちらは口絵に向き合う専用の標題紙を持つため、これを初版とみなす人もいる、とGreen & Gibsonは書いています。
雑誌掲載時には作り話を事実と受け取る読者も多く、フィラデルフィアのタバコ商から、ホームズの「140種のタバコの灰」についての論文を一部譲ってほしいという手紙が届いた、という逸話も紹介されています。
この『リピンコッツ・マンスリー・マガジン』の実物を、私は鎌倉のアンティーク博物館で手に取ったことがあります。
題名の変遷:「Six」から「Four」へ、そして消えた「the」
晩餐から4日後の1889年9月3日、ドイルはストッダートに契約を受諾する手紙を送り、題は「The Sign of the Six」か「The Problem of the Sholtos」のどちらかにするつもりだと書いています。あわせて、『緋色の研究』のホームズにもう一度謎を解かせる、とも伝えました。この手紙は現在、ドイルの自筆原稿と一緒に製本されて残っています。ストッダートも帰国後の返信で、「The Sign of the Six」という題は大いに気に入ったと書いていました。なお、Green & Gibson(41頁)もこの手紙を引いていますが、日付を「1890年」と印刷しています。契約の4日後に書かれた手紙ですから、1889年の誤植と考えられます。
ところが、執筆の途中で数字は変わっていきます。ランダル・ストックによる原稿の調査によると、原稿の23頁で、ドイルは最初「一列に並んだ三つの十字」と「三人の印(the sign of three)」と書いていました。後にそれを消して十字を四つにし、「the sign of the four」と書き改めて、ドスト・アクバルの名を書き加えています。6人、3人、そして4人へ。署名する仲間の人数は、書きながら決まっていったようです。最初の「Six」が誰を指していたのかを説明する資料は見つかっていません。
9月中に書き上げたドイルは、1889年10月1日の手紙で、題を「The Sign of the Four」と「The Problem of the Sholtos」のどちらかからストッダートに選んでほしいと頼みました。Green & Gibson(41頁)が引くこの手紙では、”The Sign of the Four” は受けそうだが少し売らんかなの響きがあり、”The Problem of the Sholtos” は上品だが劇的さに欠ける、と説明しています。ドイルは原稿の元の1頁目に題を書いておらず、リピンコット社の誰かが鉛筆で「The Sign of the Four」と書き加えています。ストッダートは結局両方の題を採りました。リピンコット社の記録によれば、原稿は10月下旬に受理されたものの、英国版創刊号の目玉にするには力不足と判断され、2月号に回されたそうです。
「the」が消えるのは、雑誌掲載の後です。ストックによれば、ドイルは1890年5月以降に英国の新聞で再連載を手配した際、題から「the」を外して「The Sign of Four」とし、10月のスペンサー・ブラケット版もこの短い題を使いました。Green & Gibsonの記述もこれと合います。同書は、ブリストル、ハンプシャー、バーミンガムの3紙の連載を著者自身が手配したものとし、正誤表では米国の『プロヴィデンス・サンデー・ジャーナル』(1890年2月)などについてだけ「as The Sign of the Four」と、題の違いをわざわざ注記しているからです。
Green & Gibsonは、ドイルは最初は長い題を使ったが、短い題のほうを好んだと書いています。そのため、のちの版の題は、雑誌から組んだか正規の版から組んだかで分かれました。海賊版はおおむね「the」の入った形を使い、なかには「At the Sign of the Four」としたものまであるそうです。ドイル自身も後年、製本された原稿の1頁目を清書し直しており、そこには短い題「The Sign of Four」が使われています。添えられた名刺の住所から、この清書は1897年以降のものと考えられます。Green & Gibsonが「原稿の題は The Sign of Four」と書いているのは、この清書を指している可能性があります。ただ、ドイルがなぜ「the」を外したのか、本人が理由を説明した資料は見つかりませんでした。
単行本の前に広がった本文
Green & Gibsonによれば、英国では同誌の知名度が低く、部数も限られていました。ドイルは掲載誌の独占期間(3か月)が過ぎると、週刊紙からの申し出を受けて再連載を認めています。そのひとつ『ブリストル・オブザーバー』紙(1890年5〜7月)の挿絵は、ホームズとワトスンをどちらも口ひげ姿で描いています。さらに、6月7日と14日の挿絵は、鹿撃ち帽をかぶったホームズを描いた最も早いものだとされています。
売れ残った雑誌の処分を兼ねて、ウォード・ロック社は複数号を一冊に綴じた合本も出しました。1890年8月の『Six Complete Novels by Famous Authors』には、『四つの署名』(2月号)と『ドリアン・グレイの肖像』(7月号)が一緒に収められています。ランガム・ホテルの晩餐から生まれた二作が、同じ本に並んだわけです。
英国初版:スペンサー・ブラケット版
英国での単行本は、1890年10月1〜15日にロンドンのスペンサー・ブラケット社から刊行されました(Green & Gibson A7a)。当初は6シリングの本として企画されましたが、同社の叢書「スタンダード・ライブラリー」に入れることになり、3シリング6ペンスで売り出されました。ドイルは献本を10月21日に受け取り、仕上がりを気に入ったと出版社に書き送っています。安い叢書に入れたことで契約も変更され、ドイルの印税は3,500部を売った後から、1,000部につき£20となりました。
装丁は濃赤の細畝の布装で、黒の二重枠と歯形模様、四隅の花形の型押しがあり、表紙と背に金文字が入ります。見返しは黒、口絵はチャールズ・カーによるもので、薄葉紙が付いています。
売れ残りが生んだ発行形態の違い
Green & Gibsonは、この本の当初の売れ行きを「ささやかな成功」と書いています。グロリア・クラブの展示解説では、最初の1年で売れたのは1,000部に届かなかったとされます。1891年、スタンダード・ライブラリーの叢書はグリフィス・ファラン社のフレデリック・ラングブリッジ師に引き継がれ、残っていた刷り本も同社から売られました。その後、残りの版権と在庫は1892年にジョージ・ニューンズ社が取得しています(Green & Gibsonの記述は、第3イシューの項で9月、解説部分で10月)。
Green & Gibsonは、初版の本文を使った発行形態を次の三つに区別しています。
| 区分 | 刊行 | 標題紙 | 背の下部の表示 | 見返し | 目次の「138」 |
|---|---|---|---|---|---|
| 第1イシュー(A7a) | スペンサー・ブラケット社、1890年10月 | ブラケット社 | SPENCER BLACKETT’S Standard Library | 黒 | 大多数は「13」(完全な本もありうる) |
| 第2イシュー(A7a.i) | グリフィス・ファラン社、1891年 | ブラケット社(元のまま) | GRIFFITH FARRAN & Co’s Standard Library | 濃茶 | 「13」 |
| 第3イシュー(A7a.ii) | ジョージ・ニューンズ社、1892年10月 | ニューンズ社(差し替え) | グリフィス・ファラン社の装丁のまま | 黒 | 「138」(訂正済み) |
第3イシューでは、標題紙・著作8点の一覧・目次・白頁から成る二葉の前付けが新たに差し込まれ、本文と口絵は元のままです。古書店Jonathan Frost Rare Booksの目録にも、この形態の個体が記述されています。
ニューンズ社はその後、1892年12月3日に『シャーロック・ホームズの冒険』の刊行を追うかたちで「第2刷」を出し、1週間で3,000部近くを売りました。1893年12月までの販売部数は18,000部に達し、ようやくベストセラーになっています。なお、1892年のニューンズ社の本には、競売会社ベルマンズの目録に載る「第2版」もあります。同目録はこれをGreen & Gibson A7bとしていますが、手元のGreen & GibsonではA7bはニューヨークのP・F・コリア社による米国初版(1891年)で、ニューンズ社の版は独立した項目になっていません。ベルマンズの本は12月の「第2刷」に当たる可能性がありますが、確認はできていません。刊年と出版社名だけでは、第3イシューと区別できない点に注意が必要です。
最初に発売された本を見分ける手がかり
上の表から、第1イシューを確かめる手がかりは次のように整理できます。
- 背の下部の表示:”SPENCER BLACKETT’S Standard Library” であること。最も確実な手がかりです。
- 見返しの色:黒であること。濃茶なら第2イシューです。
- 目次の「13」:Green & Gibsonによれば大多数の本に見られ、1890年10月18日の受入印がある大英博物館の納本本も「13」です。ただし「大多数」なので、「138」が完全であることだけを理由に第1イシューでないとは言えません。
- 56頁の「w shed」(”wished” の誤植):本文は第3イシューまで共通なので、判別の手がかりにはなりません。
巻末の広告も、個体ごとに違いがあります。第1イシューでは1890年10月付の32頁の出版社目録が一部の本にだけ綴じ込まれ、第2イシューでも8頁の広告が付く本と付かない本があります。広告がないからといって、ただちに不完全な本だとはいえません。
£11,520はどのくらいの値段か
目録で確認できる価格を並べると、次のようになります。競売の落札額と古書店の販売希望価格は性格が異なるため、同列には比べられません。
| 時点 | 場 | 発行形態 | 価格の種類 | 価格 | 状態・補修 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2017年9月 | ヘリテージ・オークションズ | 第1イシュー | 落札公表額 | $5,000 | 背の張り替え(元の背を貼り戻し)、ヒンジ補修など |
| 2026年3月 | ボナムズ(本件) | 第1イシュー | 落札公表額 | £11,520 | 未確認(Oxfamは刊行時の装丁を保つとする) |
| 2026年11月1日確認 | バーンサイド・レア・ブックス | 第2イシュー | 販売希望価格 | $8,000 | Very Good(背の退色、角の傷みなど) |
| 2026年11月1日確認 | ジョンカーズ | 第1イシュー | 販売希望価格 | £45,000 | 極美本(同店が扱った中で最良と記述) |
同じ第1イシューでも、補修のある本の競売結果と、極美本に付けられた販売希望価格には大きな隔たりがあります。ただし、年代や通貨、取引方法も異なるため、この表だけから相場を決めることはできません。今回の£11,520についても、本の詳しい状態とボナムズの予想額が分からない以上、高かったか安かったかの判断は保留します。
参考文献
- Richard Lancelyn Green and John Michael Gibson, A Bibliography of A. Conan Doyle, first revised edition (New York: Hudson House, 2000), pp. 33–42(A7 The Sign of Four)および巻末の Addenda and Corrigenda
- The Times of India, “A forgotten 1890 first edition of Sherlock Holmes novel The Sign of Four…” (23 Oct 2026)
- Oxfam GB, “£11,500 Sherlock Holmes first edition detected at Oxfam bookshop” (30 Mar 2026)
- Shropshire Star, “First-edition Sherlock Holmes book found in Shropshire charity shop sells for more than £10,000”
- Randall Stock, “The Sign of Four Manuscript: Sotheby’s 2024 Auction,” The Best of Sherlock Holmes (2024)
- Sara Nash, “The Golden Evening,” Historical Society of Pennsylvania (2 Nov 2020)
- The Grolier Club, Sherlock Holmes exhibition: “The Sign of Four”
- Heritage Auctions, Rare Books Signature Auction (14 Sep 2017), lot 45021
- Jonkers Rare Books, The Sign of Four (Stock ID 39924)
- Burnside Rare Books (AbeBooks), The Sign of Four, second issue
- Jonathan Frost Rare Books (AbeBooks), The Sign of Four, third issue (George Newnes, 1892)
- Bellmans, Printed Books, Manuscripts & Maps (Dec 2022), lot 535

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