2026年9月3日:ホームズは「クリスマス劇」に向いていない、という前提から始まる話(後編)

シャーロッキアン日記

前編では、シティ・リット劇場のSherlock Holmes and the Christmas Clownsが、なぜドイルではなくG・K・チェスタトンの「フライング・スターズ」を下敷きにしているのか、という系譜を追いました。後編では、その翻案で具体的に何が変えられたのか、そしてこうした”探偵の貸し借り”がどの程度まで許される慣習なのかを、もう少し掘り下げてみたいと思います。

翻案で変わったのは探偵役だけではない――ジェンダーの入れ替え

前編で触れた通り、原作「フライング・スターズ」では、ダイヤモンド「フライング・スターズ」を名付け子ルビー・アダムズに贈るのは、名付け親であるシティの大立者サー・レオポルド・フィッシャー(男性)でした。舞台版「クリスマス・クラウンズ」では、この役が女性の名付け親レディ・ガブリエラに変更されています。

もう一組、原作でルビーの伯父にあたるジェイムズ・ブラウント(カナダ帰りの義兄)というキャラクターも、舞台版ではジェマ・ブラウントというカナダ人の義姉に変更されました。つまり探偵役の置き換え(ブラウン神父→ホームズ&ワトスン)だけでなく、脇を固める登場人物のうち少なくとも2人が性別を反転させて舞台化されています。

これは単なる演出上の思いつきというより、現代の小劇場が抱えるキャスティング事情――出演者のジェンダーバランスや、客演俳優の確保のしやすさ――が透けて見える改変のように思います。ホームズ&ワトスンという”固定された男性コンビ”を軸に据えつつ、脇役の性別は柔軟に動かす、というのが今どきの翻案のバランス感覚なのかもしれません。

権利面の補助線――なぜ今、誰でも自由に「借用」できるのか

そもそも、こうした自由な”探偵の貸し借り”がなぜ問題なく成立するのか、という点にも触れておきます。米国では2023年1月1日をもって、ドイルの正典60作すべての著作権が失効し、ホームズとワトスンのキャラクター自体が完全にパブリックドメインとなりました。それ以前は、コナン・ドイル財団(Conan Doyle Estate)が最後期の作品群(1927年刊行の短編集『シャーロック・ホームズの事件簿』収録作)についてはなお著作権を主張しており、2013年にはレスリー・S・クリンガーが起こした訴訟(Klinger v. Conan Doyle Estate, Ltd.)で、既にパブリックドメインとなっていた46編と4長編に基づくキャラクター利用は自由である、との判断が連邦控訴裁判所によって示されていました。

G・K・チェスタトンの作品も同様にパブリックドメインです。つまり「クリスマス・クラウンズ」は、権利的な障害が完全になくなった後の”自由な翻案”の一例ということになります。逆に言えば、2022年以前であれば、ドイルの後期作品の設定(老いて丸くなったホームズ像など)を下手に持ち込むと係争リスクがあった時代だった、ということでもあります。

逆方向の先例――ブラウン神父が「他人の未完事件」を解決した1914年

探偵を他作品から借りてくる、という発想自体は決して新しいものではありません。面白い先例として、1914年の英国雑誌「ザ・プレミア」誌の企画があります。同誌10月号にマックス・ペンバートンが未完の犯罪小説「The Donnington Affair」を発表し、チェスタトンを含む複数の作家にその謎解きを委ねました。チェスタトンが寄せた解決編は、翌11月号にブラウン神父ものの短編として掲載されています。

つまり、「別の作家が書いた未解決の謎を、自分の探偵に解かせる」という手法は、チェスタトン自身が20世紀初頭にすでに経験していたわけです。「クリスマス・クラウンズ」でホームズがチェスタトンの謎を解くという構図は、いわばこの100年以上前の実験を裏返した形になっている、と見ることもできそうです。

系譜の整理――劇団/年/原作/探偵/形式

作品 初演 原作 探偵役の変更 上演形式
Sherlock Holmes and the Case of the Christmas Goose 2011年(ラジオ劇)/2013年(舞台化)、レイヴン・シアター 「青い紅玉」(ドイル自身のホームズ正典) なし(正典どおり) ラジオ劇→フル舞台化、以後毎年恒例公演
Sherlock Holmes and the Christmas Clowns 2025年12月、シティ・リット劇場(世界初演) 「フライング・スターズ」(チェスタトン、ブラウン神父もの) ブラウン神父→ホームズ&ワトスン 舞台劇(約60分、休憩なし)

なお、正典で唯一のクリスマス小品「青い紅玉」の作中の日付は、ワトスンの語りによれば「クリスマスの二日後の朝」、すなわち12月27日です。海外のシャーロッキアン・コミュニティでは、この12月27日を”ブルー・カーバンクル・デー”として毎年ちょっとした記念投稿をする慣習があるほどです。「唯一のクリスマス物」という言い方も、厳密には「クリスマス当日ではなく、その二日後を舞台にした物語」と言い換えたほうが正確かもしれません。


出典

  • “Theater Review: Sherlock Holmes and the Christmas Clowns,” Stage and Cinema, December 16, 2025. stageandcinema.com
  • Mary Wisniewski, “City Lit Brings Sherlock Holmes to a Victorian Christmas Party,” Newcity Stage, December 18, 2025. newcitystage.com
  • Leslie Klinger v. Conan Doyle Estate, Ltd., 7th Cir., decided June 16, 2014. fairuse.stanford.edu(Stanford Fair Use Project要約)
  • “Sherlock Holmes, classic tales and songs enter public domain in 2023,” Associated Press / PBS NewsHour, December 30, 2022. pbs.org
  • G.K. Chesterton & Max Pemberton, “The Donnington Affair,” first published in The Premier, October–November 1914. Project Gutenberg Australia. gutenberg.net.au
  • Scott Monty, “The Second Morning After Christmas,” I Hear of Sherlock Everywhere, December 27, 2019(毎年更新される定例記事)。ihearofsherlock.com
  • Michael Menendian(Dramatic Publishing 著者プロフィール、Sherlock Holmes and the Case of the Christmas Gooseの来歴に関する記載)。dramaticpublishing.com

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