2026年9月29日:June Wyndham Davies氏を悼んで:グラナダ版ホームズを支えた仕事

シャーロッキアン日記

少し前ですが、一件の訃報がありました。グラナダ版『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズを支えたプロデューサー、June Wyndham Davies氏が、9月9日にスペインで亡くなったとのことです。享年97。訃報はThe Jeremy Brett Sherlock Holmes Podcastの関係者から伝えられ、I Hear of Sherlock Everywhereが9月10日付で詳しく報じています。

俳優から演出家へ

Wyndham Davies氏は1929年6月27日、ウェールズのカーディフに生まれました。RADA(王立演劇学校)で学び、当初は俳優として活動していましたが、やがてカメラの裏側に回ります。1965年にBBCへ入り、当初はアシスタント・フロア・マネージャーとして働いたのち、演出を任されるようになりました。1969年からはフリーランスとなり、BBC、アングリア、ヨークシャー、そしてグラナダのために演出を手掛けます。この時期の仕事には、エミー賞にノミネートされた『Heidi』(1974)も含まれます。

「熱心なホームズ愛好家ではなかった」

興味深いのは、I Hear of Sherlock Everywhereが伝える本人評です。彼女自身はホームズ作品に特別な思い入れがあったわけではなく、ただ才能を見抜く目を持っていた、と紹介されています。もっとも、1996年に本人が受けたインタビューでは、ドイルの原作はシリーズに関わるずっと以前から読んでおり、優れた作家だと感じていたと語ってもいます。作品への深い愛着というより、まず原作者への敬意と、俳優を見る確かな目があった人だったのかもしれません。

ブレット起用の場に居合わせて

彼女の名を語るうえで欠かせないのが、ジェレミー・ブレットをホームズ役に推薦したという逸話です。1996年のインタビューで本人が振り返るところによれば、グラナダのドラマ部門責任者だったPeter Eckersley氏の葬儀の場で、ある監督との会話の中でブレットの名を挙げたといいます。当時のブレットは端正な二枚目俳優として知られており、ホームズ役にはやや意外な人選と受け止められたそうです。彼女は推薦したと回想していますが、その提案が最終的な配役決定にどう作用したのかまでは、この証言からは分かりません。数ヶ月後、実際にブレットが起用されると聞いて驚いた、とも語っています。

第1期を見送り、『Return』から

意外なのは、第1シリーズ『The Adventures of Sherlock Holmes』(1984〜85年)の製作には、彼女自身は加わっていないという経緯です。本人は1996年のインタビューで、これ以上ヴィクトリア朝の探偵ものを手掛けたくなかったことと、ブレットを支える負担への懸念から、この第1シリーズには加わらなかったと振り返っています。一方、Telegraphの訃報記事は、当時彼女が「本質的に男性向きの作品には男性プロデューサーが必要」と考えていた、と伝えています。

グラナダ会長David Plowright氏の要請を受け、1986年に始まる『The Return of Sherlock Holmes』からMichael Cox氏を引き継ぐ形で製作に加わることになります。彼女が最初に手掛けた仕事は、脚本や演出方針を決める以前に、配役そのものの立て直しでした。舞台に戻りたいというDavid Burke氏の意向を受け、ワトスン役をEdward Hardwicke氏に交代させる決断を下したのです。Telegraphの訃報も、この配役を好意的に評しています。

短編から長編へ、そして原点回帰へ

『The Return of Sherlock Holmes』では1時間もの13本を担当。続く『Sherlock Holmes: The Sign of Four』について、本人はグラナダ初の35ミリフィルム作品だったと語っています。その後、Michael Cox氏が『The Case-Book of Sherlock Holmes』(1991)の指揮に戻る一方、Wyndham Davies氏は複数の2時間ものの映画群を担当します。短い原作を長編に仕立てるには、原作にない場面を加える判断も必要だったと本人は振り返っています。

続く『The Memoirs of Sherlock Holmes』(1994)では、I Hear of Sherlock Everywhereによれば、いったん放送枠を認められなかったものの、1時間もの6話という形での実現に尽力しています。2023年に公開されたポッドキャストのロングインタビューの紹介文には、1986年の起用から数えて計22作品の映像化に携わったと記されています。

ホームズ以外の足跡

Wyndham Davies氏の仕事はホームズ・シリーズにとどまりません。1985年には『The Lady’s Maid’s Bell』でシカゴ国際映画祭の銀賞を受賞。1996年の作品『August』(アンソニー・ホプキンス監督・主演)では、翌1997年にBAFTA Cymru最優秀ドラマ賞を獲得しています。また、若き日のマイケル・ケイン、ヒュー・グラント、リス・エヴァンスらに早い時期から出演機会を与えたことでも知られています。

NHKで観た、あのホームズ

日本の視聴者にとって、グラナダ版は決して縁遠い作品ではありません。NHKでは1985年から1995年にかけて放映され、ホームズ役の吹替えは主に露口茂さんが担当しました。(NHK放送時にカットされた場面を収めたノーカット版では、別の声優による追加吹替えも行われています。)NHKもブレットの演技を「原作のイメージそのもの!」と紹介しており、今も日本のシャーロキアンの間で親しまれている作品です。

おわりに

Telegraphの訃報記事によれば、ホームズ研究者Peter Haining氏はかつて、数百万のファンにとって、彼女こそアイリーン・アドラーを指す「あの女性」だったと評したそうです。作品への強い思い入れからではなく、才能を見抜く確かな目から生まれたグラナダ版ホームズ。その舞台裏を知ることは、あらためてこのシリーズを見返すきっかけになりそうです。心よりご冥福をお祈りいたします。

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