最近始めた、ホームズニュースで紹介すべきニュースをさがしていたところ、The Guardianに8月13日付で掲載された記事を見つけてニュースの方で簡単に紹介しました。読むと興味深い内容だったので、もう少し深掘りしてみたいと思いました。
筆者はThomas Hauser氏。2019年にボクシング殿堂入りを果たした人物で、今月には新著『Sherlock Holmes and Mrs. Rutledge』の刊行も控えているそうです。タイトルは「‘Boxing is in the blood’: Sherlock Holmes, Arthur Conan Doyle and the prize ring」。読み始めてすぐ、これは221Booksでも取り上げたいと感じました。というのも、ドイルとボクシングの関係は知ってはいたものの、こうしてまとまった形で紹介されると、あらためてホームズという人物像の成り立ちが見えてくる気がしたからです。というわけで今日は、この記事をきっかけに、ドイル自身のボクシング愛と、それが正典のホームズにどう投影されているかについて書いてみたいと思います。
ドイル自身、かなりの「拳好き」だった
まず驚かされるのは、ドイルの体格です。身長6フィート(約183cm)、体重は200ポンド(約90kg)前後だったとのことで、当時としてはかなりがっしりした体つきだったことがうかがえます。ボクシングを始めたのはエディンバラ大学の医学生時代で、本人は自らを「fair average amateur(まずまず平均的なアマチュア)」と評していたそうです。勉強の合間に短時間で運動量を稼げる点をボクシングの利点として挙げていたというエピソードも紹介されていて、これは今で言う「タイムパフォーマンス」重視の発想に近いものを感じます。
さらに面白いのは、北極海への捕鯨船「Hope号」に船医として乗り込んだ際のエピソードです。Arthur Conan Doyle Encyclopediaの記事によれば、荷ほどきが終わると、ボクシング好きだった乗組員の一人(スチュワード)とグローブを持ち出して即席の一戦をしたのだとか。21歳のドイルが、船上でこうした遊びを楽しんでいた様子が目に浮かびます。1891年にはロンドンのNational Sporting Clubが創設された際、その最初期の会員の一人にもなっており、生涯を通じてボクシングを愛好し続けたことが分かります。
ホームズもまた、正典で「相当な使い手」だった
こうしたドイル自身の経歴を踏まえると、ホームズがボクシングをたしなむ設定になっているのも自然な流れに思えてきます。『緋色の研究』でワトスンがホームズの得意分野を列挙する場面では、ホームズは「達人級のボクサー」とされる一方で、当時のボクシング界の動向にはほとんど疎いとも書かれています。つまり、実戦の腕は一流だが、興行としてのボクシング事情には関心が薄い、という少し変わった人物像です。
『四つの署名』では、元プロボクサーで今はポーターをしているマクマードとホームズが再会する場面が印象的です。マクマードは最初ホームズに気づきませんが、かつてアリソンの道場で3ラウンドを戦った「あのアマチュア」だと知ると、驚きの声を上げます。この場面は、ホームズが単なる知識としてでなく、実際にリング経験を積んでいたことを示す数少ない具体的な描写と言えるでしょう。
ほかにも『グロリア・スコット号』では大学時代にフェンシングとボクシングに親しんでいたことが語られ、『黄色い顔』や『孤独な自転車乗り』でもその腕前が言及されています。特に『孤独な自転車乗り』では、乱暴者のウッドリーとの一戦の末、ホームズが鋭いストレートを見舞い、ウッドリーが荷馬車で送り返される場面があり、探偵としての知性だけでなく、身体的な強さも兼ね備えたキャラクターであることが鮮やかに描かれています。正典の別の箇所では、ホームズについて「その体重階級では屈指のボクサーの一人であった」という評もあり、これは決して誇張ではなく、ドイルが一貫してホームズに与えていた設定だったことが分かります。
ボクシング小説家としてのドイル ― 『クロクスリーの名選手』
Hauser氏の記事でもう一つ興味深かったのは、ドイルがホームズものとは別に、ボクシングそのものを主題にした作品を複数残しているという指摘です。中でも代表作とされるのが1899年の中編『クロクスリーの名選手(The Croxley Master)』です。医学課程最終年の学費を工面するため、経験の浅い若き医師見習いロバート・モンゴメリーが、100ポンドの賞金を賭けたプライズファイトに挑むという物語で、リングでの攻防の描写には、ドイル自身のボクシング経験が色濃く反映されているように感じます。ほかにも「The Lord of Falconbridge」「The Fall of Lord Barrymore」「The Bully of Brocas Court」といった短編でもボクシングが題材として扱われており、ホームズ譚以外の側面からもドイルのボクシング愛が伝わってきます。
ジョンソン対ジェフリーズ戦、幻のレフェリー打診
記事後半で紹介されていたエピソードもぜひ触れておきたいところです。1910年、世界ヘビー級王者ジャック・ジョンソンと前王者ジェームズ・ジェフリーズによる、いわゆる「世紀の一戦」の際、ドイルにレフェリーを依頼する話が持ち上がったというのです。ドイル自身は1920年になって「真剣に検討した」と振り返っていますが、Hauser氏の見立てでは、これはプロモーターのTex Rickardが仕掛けた宣伝の一環であった可能性が高く、実際にドイルの元へ真剣な打診があったかは怪しいとのことです。それでも、当時世界的に名の知れたドイルの名前がこうした文脈で挙がること自体、彼のボクシング愛好家としての評判がいかに定着していたかを物語っていると感じました。
おわりに
今回はドイル自身のボクシング歴と、それが正典のホームズ像にどう反映されているかという点に絞って紹介しました。Hauser氏の記事では、このほかにも1922年のBattling Siki対Joe Beckett戦をめぐる、ドイルの人物像の複雑さを示すエピソードにも触れられていましたが、これは単独でしっかり扱うべき重い話題だと感じたため、今回はあえて割愛しています。機会があれば、また別の記事として取り上げたいと思います。
それにしても、探偵小説の生みの親が実際にグローブをはめてリングに立っていたという事実を知ると、ホームズの拳の強さの描写にも、また少し違った実感が湧いてきますね。
参考・出典
- Thomas Hauser, “‘Boxing is in the blood’: Sherlock Holmes, Arthur Conan Doyle and the prize ring”, The Guardian, 2026年8月13日(本記事はAOL経由でも確認:AOL転載版)
- “Boxe” – The Arthur Conan Doyle Encyclopedia
- “Sherlock Holmes” – The Arthur Conan Doyle Encyclopedia
- “The Croxley Master” 本文 – The Arthur Conan Doyle Encyclopedia

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