2026年7月21日:「非/フィクション」の戯れ ― Kate M. Donley “Early Sherlockian Scholarship” を読む

シャーロッキアン日記

 

今回ご紹介するのは、ノリッジ大学のケイト・M・ドンリー(Kate M. Donley)による論考 “Early Sherlockian Scholarship: Non/fiction at Play” です。『Transformative Works and Cultures』第23号(2017年、特集「Sherlock Holmes Fandom, Sherlockiana, and the Great Game」)に収録されたオープンアクセス論文で、ホームズとワトスンをあたかも実在の人物であるかのように扱い、正典の矛盾や空白を「学術的」な体裁で論じ立てる、いわゆる「グレート・ゲーム(higher criticism)」の文章文化――シャーロッキアン・スカラーシップ――が、20世紀初頭にどのように誕生し、発展していったのかを年代記的に跡付けた研究です。

 

出発点:「ドイル的」と「シャーロッキアン的」

著者はまず、正典研究へのアプローチを二種類に整理します。

ひとつは「ドイル的(Doylean)」アプローチで、ホームズ物語をコナン・ドイルという作家が創作したフィクションとして分析する立場です。

もうひとつが「シャーロッキアン的(Sherlockian)」アプローチで、こちらは正典をフィクションではなく、ワトスン医師が書き残した回想録・伝記として扱います。『まだらの紐』に登場する「牛乳を飲む蛇」の生態学的な不自然さを検証したり、ワトスン夫人は何人いたのかを論じたりするのは、その代表例でしょう。

形式は学術論文そのものですが、その実態は「ノンフィクションの文体を借りてフィクションを論じる」という知的な遊戯です。

著者は、このような読解を説明する理論的枠組みとして、ジェラール・ジュネットの間テクスト性やロラン・バルトの作者論なども参照しながら、フィクションとノンフィクションの境界を揺さぶる営みとしてシャーロッキアン・スカラーシップを位置づけています。

 

初期十年(1902年頃〜1911年頃):アイロニー・パロディ・風刺

最初の重要な例として紹介されるのが、1902年に『Cambridge Review』へ掲載されたフランク・シジウィックの記事です。

『バスカヴィル家の犬』には年代に関する矛盾がありました。ドイルが原稿の控えを残していなかったこともあって、細部の整合性に食い違いが生じたためです。

シジウィックはその矛盾を、コナン・ドイルではなく「親愛なるワトスン博士」宛ての公開書簡という形式で指摘しました。フィクションの登場人物を実在の著者として扱うこの手法は、編集者への批評的投書という非フィクションのジャンルを巧みに転用したパロディであり、後のシャーロッキアン的読解の原型となりました。

続いて1904年にはアンドリュー・ラングが『Longman’s Magazine』で、ワトスンはホームズの能力を過大評価しているのではないかと論じます。

そして、この初期十年を代表する作品が、ロナルド・ノックスの「Studies in the Literature of Sherlock Holmes」です。1911年に学生団体で講演され、1912年に『Blue Book』、1920年に『Blackfriars』へ掲載されました。

ノックスは “literature” という語が「文学」と「文献」の双方を意味することを利用しながら、架空の「ワトスン研究者」たちを次々に登場させます。「ワトスンの著作にはプラトンの対話篇との顕著な並行性が見られる」と主張する架空のピフ=プフ氏などはその代表例で、当時盛んだった古典やシェイクスピア、聖書を対象とする文献学的研究を痛烈に風刺しています。

ドンリーは、こうした遊びが成立した背景として、ドイル作品そのものが、厳密な年代整理や整合性を必ずしも重視せず、しかも『緋色の研究』の「ワトスン医師の回想録」という設定や、「ぼくのボズウェル」とホームズがワトスンを呼ぶ場面に見られるように、もともとノンフィクションを装う仕掛けに満ちていたことを指摘します。

 

黄金時代(1927〜1934年):ネットワークが生んだ「学問」

第二の転機となるのが、1927年から1934年頃までの「黄金時代」です。

この時代になると、デズモンド・マッカーシー、A・G・マクドネル、サー・シドニー・キャッスル・ロバーツらによる論考が相次ぎ、H・W・ベル、T・S・ブレイクニー、ヴィンセント・スタレットらによる単行本も刊行されます。

ドンリーが強調するのは、これらが単なる個人の思いつきではなく、人と人とのつながりによって支えられていたことです。ディテクション・クラブ、ダブル・クラウン・クラブ、ブルームズベリー・グループ、モーリー家やノックス家の人的ネットワーク、さらにクリストファー・モーリーの昼食会やカクテル会などが、後のベイカー・ストリート・イレギュラーズ(BSI)やロンドンのシャーロック・ホームズ・ソサエティの成立へとつながっていきました。

 

マッカーシー、ロバーツ、そしてモダニズムの「新しい伝記」

本論文でもっとも興味深い議論の一つは、シャーロッキアン・スカラーシップをモダニズム文学と結び付けている点でしょう。

1927年、ヴァージニア・ウルフは「新しい伝記」を論じ、リットン・ストレイチーやアンドレ・モロワらによる、フィクションの技法を取り入れた新しい伝記文学を高く評価しました。

デズモンド・マッカーシーはブルームズベリー・グループを通じてウルフとも交流があり、1929年にはBBCラジオ番組「Miniature Biographies」に参加します。その中で、実在人物ではなくワトスン博士を「伝記」の対象として選んだことは象徴的です。

一方、ケンブリッジ大学出版局の編集者であったS・C・ロバーツは、アンドレ・モロワの伝記論を英訳する仕事を通して伝記理論への理解を深め、1930年に「Prolegomena to the Study of Dr. Watson」、翌1931年には単行本『Doctor Watson』を刊行しました。

その冒頭では、ワトスン伝を書くことをボズウェルになぞらえ、ホームズがワトスンを「ぼくのボズウェル」と呼ぶ正典の一節を巧みに重ね合わせています。

ドンリーは、このような作品群を、ウルフの『オーランドー』(1928年)やガートルード・スタイン『アリス・B・トクラスの自伝』(1933年)と同じく、フィクションとノンフィクションを混淆させるモダニズム文学の大きな流れの中に位置づけています。

 

書籍群の成立とファン・コミュニティ

1930年代前半には、

* T・S・ブレイクニー『Sherlock Holmes: Fact or Fiction?』(1932)
* H・W・ベル『Sherlock Holmes and Dr. Watson: The Chronology of Their Adventures』(1932)
* ヴィンセント・スタレット『The Private Life of Sherlock Holmes』(1933)

が相次いで刊行されます。

さらに1934年には、H・W・ベル編『Baker Street Studies』が出版され、ドロシー・L・セイヤーズ、ヘレン・シンプソン、ヴィンセント・スタレット、ロナルド・ノックス、A・G・マクドネル、S・C・ロバーツらが寄稿しました。

ドンリーは、ノックスが1911年に風刺として描いた「架空のワトスン研究者共同体」が、この頃には現実の知的共同体として成立していたと評価しています。

また、1934年のマクドネルの「シェリー・パーティ」を契機として参加者たちが「シャーロック・ホームズ・ソサエティ」を名乗るようになったことや、クリストファー・モーリーのホームズ晩餐会がニューヨークのベイカー・ストリート・イレギュラーズへと発展していった経緯も紹介され、シャーロッキアン・スカラーシップとホームズ・ファンダムが密接に結びついていたことが示されています。

 

「モック・スカラーシップ」という提案

論文後半では、この独特の文体をどのように分類すべきかが論じられます。

「疑似学問(pseudo-scholarship)」という呼称は、ドロシー・L・セイヤーズ自身が批判的な意味合いで用いた経緯もあるため、ドンリーはより適切な概念として「モック・スカラーシップ(mock-scholarship)」を提案します。

また、ファンフィクションやメタ評論といった既存のファン研究の分類にも完全には当てはまらず、その起源についてもシジウィック、ノックス、ロバーツのいずれを重視するかで意見が分かれることを紹介し、このジャンルそのものが固定的な定義を拒み続けていることを指摘します。

 

まとめ

論文の最後でドンリーは、クリストファー・モーリーの「フィクションと呼ぶには真実味がありすぎる(Too true to be called fiction)」という言葉を引用し、シャーロッキアン・スカラーシップの源流を、コナン・ドイル自身が作品の中で行っていた「ノンフィクションを装う遊び」に見出します。

初期十年は、アイロニーやパロディ、風刺に満ちた孤立した文芸批評として始まりました。そして黄金時代には、大衆文化、モダニズム文学、新たな解釈共同体が結びつき、一つの知的ジャンルへと成長していきます。

本論文が示しているのは、シャーロッキアン・スカラーシップが単なるファンの遊びではなく、「文学研究とは何か」「伝記とは何か」「フィクションと事実はどこで交わるのか」という問いをユーモアをもって投げかける、近代文学研究そのものへのメタ批評でもあったということでしょう。

1932年、T・S・ブレイクニーは「シャーロック・ホームズについて、なお探求すべき余地は十分にある」と記しました。その言葉は、一世紀近くを経た今日でも、この論文そのものにそのまま当てはまるように思えます。

 

 

書誌情報

Donley, Kate M. “Early Sherlockian Scholarship: Non/fiction at Play.” In Sherlock Holmes Fandom, Sherlockiana, and the Great Game, edited by Betsy Rosenblatt and Roberta Pearson, special issue, Transformative Works and Cultures, no. 23 (2017). http://dx.doi.org/10.3983/twc.2017.0837

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