2026年8月29日:「花婿失踪事件」と精神分析──ラカン、バイヤール、そしてホームズの無意識

いつものGoogle Scolarアラートメールで、ヘタ・ピュルヘネン(Heta Pyrhönen)氏による「Psychoanalysis」という短い論考があることを知りました。『The Routledge Companion to Crime Fiction』(Routledge、2020年)という探偵小説研究の手引書に収められた一章で、精神分析と探偵小説の関係を、正典の中でも比較的地味な部類に入る「花婿失踪事件」を軸に論じたものとのこと。地味な作品だからこそ、こういう切り口で光が当たると面白いものだなと感じ、今日はこの論文の内容をご紹介してみたいと思います。(ネタバレがありますのでご注意ください)

著者ヘタ・ピュルヘネンについて

ヘタ・ピュルヘネンは、ヘルシンキ大学の比較文学の名誉教授(本論文発表当時は同大学教授)で、探偵小説・精神分析批評・ナラトロジーを専門とする研究者です。これまでの業績には、探偵小説を学術的な読解対象として扱った『Murder from an Academic Angle』(1994年)、探偵小説の語りの倫理的問題を論じた『Mayhem and Murder: Narrative and Moral Problems in the Detective Story』(1999年)、シャーロット・ブロンテ『ジェーン・エア』を「青ひげ」譚の系譜に連なる変奏として読み直した『Bluebeard Gothic: Jane Eyre and Its Progeny』(University of Toronto Press、2010年)などがあり、女性文学やゴシック、精神分析的読解を横断的に扱ってきた研究者だということが分かります。ホームズを主戦場とする研究者ではありませんが、探偵小説というジャンル全体を精神分析の視座から論じる文脈で、しばしばホームズ物が参照される、という立ち位置のようです。

探偵と精神分析家は、なぜ似ているのか

論文はまず、探偵小説と精神分析が「理性や進歩を通じて人間が自らを救済できるのか、という疑いが強まった時代」(Yang 2010)という同じ時代精神を共有していた、という大きな見取り図から入ります。ポーのデュパン物(1840年代)と精神分析の制度化(世紀末)とでは厳密には数十年の開きがありますが、ピュルヘネンはこの点をあまり問題にせず、両者が世紀末に浮上したある認識論的モデル(研究者の間では『徴候的パラダイム』とも呼ばれる)を共有している、という論の運び方をしています。フロイト自身がドイルのホームズ物やポーの短編を愛読していたことも紹介されており(Yang 2010を典拠として言及)、両者に共通する推論法として「アブダクション」(既存の事実──症状や手がかり──から遡って、それを説明する規則を導く推論)が挙げられていました。

ここでピュルヘネンは、記号論者トマス・シービオクらの議論(ドイルが医学教授ジョゼフ・ベルから学んだ観察法をホームズに反映させたという、あの有名な話です)と、歴史学者カルロ・ギンズブルグの「徴候的パラダイム」論を引きながら、フロイトとホームズが「細部や周辺的なものにこそ、個人の『核心』が宿る」という、19世紀末に浮上した認識モデルを共有していたと整理しています。さらにポール・リクールの「疑いの解釈学」(テクストを行間から、逆なでするように読む態度)にも触れ、探偵小説というジャンルそのものが、読者に「探偵のように」だけでなく「犯人のように」考えることを促す、いわば覗き見的な快楽を提供する装置なのだ、という議論を紹介していました。

「花婿失踪事件」を精神分析的に読む

ここから本論に入ります。素材として選ばれているのは「花婿失踪事件」(A Case of Identity、1891年、新潮文庫・延原謙訳では「花婿失踪事件」)です。ホームズが依頼人メアリー・サザーランドを実際に会う前から、舗道を行きつ戻りつする彼女の姿を観察して「これは恋愛沙汰に違いない」と見抜く、あの有名な場面ですね。

ピュルヘネンは、ホームズが彼女の落ち着かない挙動を「症状」として読む態度そのものが、分析主体の言動を精神分析家が読む手つきと相似形をなしている、と述べています。そして事件の核心──タイプライターで打たれたホズマー・エンジェルの手紙(署名までタイプ打ちという不自然さ、活字のeの潰れやrの欠けといった摩耗の癖)から、継父ウィンディバンクがホズマーに変装していたことを見抜く過程を、「無意識に生じた症状(摩耗した活字)を、意識の側(探偵の推理)が翻訳する」行為として位置づけています。ジジェクの『斜めから見る』(Looking Awry、1991年)における「探偵は事件の意匠にひそむ奇妙なディテールを『斜めから見る』ことができる」という議論も、この文脈で参照されていました。

ラカン「盗まれた手紙」との比較──二つの三角形

この論文でいちばん面白いと感じたのは、ジャック・ラカンによるポー「盗まれた手紙」の分析(1955年のセミナー、シャーロック・ホームズ研究ではあまり参照されることのない領域だと思います)を、「花婿失踪事件」に応用している部分です。

ラカンの分析では、ポーの物語は「三つの視線」から成る三角形の反復として描かれます。第一の視線は盲目(何も見えていない)、第二の視線は第一の盲目を見ているが自分が見られていることに気づかない、第三の視線はその配置全体を見渡している──というものです。ポーの物語の「第一の場面」(王妃が手紙を隠し、それをD大臣が盗む場面)では、国王が盲目、王妃が部分的な洞察、大臣が完全な洞察の位置に立ちます。

ピュルヘネンはこれを「花婿失踪事件」に重ね、次のような対応関係を示しています。

  • 第一の場面:メアリーは継父ウィンディバンクを「何も知らない盲目の位置」だと思い込んでいる(実際にはウィンディバンク自身がホズマーなので、これはメアリーの誤認)。メアリーは自分こそがポーの王妃のような「部分的な洞察」の位置にいると信じているが、実は母親が継父の共犯者であることには気づいていない。
  • 第二の場面:捜査が進むにつれて立場が反転する。メアリーの母親は「部分的な洞察・部分的な無知」の位置に滑り落ち(真実は知っているが、ホームズの捜査の中身は知らない)、ホームズが完全な洞察の位置──ポーの物語のデュパンに相当する位置──に立つ。

ラカンにとって「盗まれた手紙」は、意識(象徴界の秩序の中で構築される自己)と、それ自体が言語のように構造化されているが独自の「文法」を持つ無意識(スリップや夢に現れる)との分裂を劇化するものでした。手紙は反復強迫のメカニズムを体現する「心的症状」の隠喩であり、キャラクターたちは自分の意識的な意図だけでなく、無意識によっても動かされている、というのがラカン読解の骨子です。ピュルヘネンは、この構造がドイルの物語にもそのまま当てはまることを、上記の図式で示していました。

ピエール・バイヤールの「探偵批評」──ホームズはなぜ沈黙したのか

後半でピュルヘネンが持ち出すのは、フランスの文学理論家・精神分析家ピエール・バイヤールの「探偵批評(detective criticism)」という手法です。バイヤールは『アクロイド殺し』(大浦康介訳、筑摩書房、2001年)で、アガサ・クリスティ『アクロイドを殺したのは誰か』のポワロの解決が誤りであり、真犯人は語り手シェパード医師の姉キャロラインだと論じたことで知られる批評家ですが、続く『シャーロック・ホームズの誤謬:『バスカヴィル家の犬』再考』(原題 L’Affaire du chien des Baskerville、Éditions de Minuit、2008年/邦訳は平岡敦訳、東京創元社、単行本2011年・創元ライブラリ版2023年)では、ホームズの推理そのものを俎上に載せ、『バスカヴィル家の犬』の「公式解決」も誤りだと主張しています。バイヤールの立場は、探偵(や、探偵を造形した作家自身)の読みには、その人物の無意識や心理的偏りが反映されており、それゆえに探偵の解決を鵜呑みにせず、テクストの隙間を批評家自身が埋め直すべきだ、というものです。

ピュルヘネンはこの「探偵批評」の枠組みを使って、「花婿失踪事件」の一つの謎に切り込みます。事件を解決したホームズは、なぜメアリー・サザーランドに「あなたの継父があなたを騙していた」という真相を告げなかったのか、という点です。ホームズは彼女に真実を語れば信じてもらえないだろうし、彼女は「妄想(delusion)」を奪われた雌虎のように危険になるだろう、と理由づけていますが、ピュルヘネンはこの決断こそが、精神分析家が分析主体に事実を突きつけて向き合わせる態度とは対照的だと指摘しています。

ここでピュルヘネンが手がかりに使うのが「ボヘミアの醜聞」です。この物語の冒頭でホームズとワトスンが「アイリーン・アドラー事件の記念品」である金の嗅ぎタバコ入れを眺めている、という枠物語の存在に注目し、「花婿失踪事件」の推理の速さ(安楽椅子で座ったまま解決してしまう手際のよさ)は、変装した男・偽装された書類・裏切られた女性・教会への馬車という、「ボヘミアの醜聞」との構造的な類似があるからこそだと論じます。そのうえで、ホームズが「メアリーが虎の子を奪われた虎のように怒り狂うだろう」と語る箇所を、実はアイリーン・アドラーに対する自分自身の未練の投影ではないか、と読み解いていました。アイリーンの結婚式の馬車を追いかけ、その結婚の立会人にまでなってしまったホームズ自身こそが、「取り返しのつかない喪失」を抱えた当事者だったのではないか、というわけです。名前の類似(Hosmer/Holmes)も、この投影を示唆する仕掛けとして触れられています。

この読解が正しいかどうかはさておき(ピュルヘネン自身も断定はしていません)、ホームズの沈黙を「継父ウィンディバンクとメアリーの母親の共犯関係にホームズ自身が加担してしまう」という倫理的な問題として捉え直している点は、なかなか鋭い指摘だと感じました。

結びに──コリン・デクスターのパスティーシュ

最後にピュルヘネンは、コリン・デクスター(モース警部シリーズの作者として知られるミステリ作家)による「A Case of Mis-Identity」(1993年、短編集『Morse’s Greatest Mystery and Other Stories』所収)という、原作の明示的なアダプテーションを紹介しています。デクスター版では、依頼人が事件を語る場に、ワトスンだけでなくホームズの兄マイクロフトも同席しており、ホームズ・マイクロフト・ワトスンがそれぞれ異なる解決を提示する構成になっているとのことでした。ホームズは原作通りの解決を示すもののマイクロフトがその論理的な穴を指摘し、マイクロフトは逆に依頼人とその母親を共謀者と見なす説を立てる。しかし最終的に正しかったのはワトスンで、ピュルヘネンの要約によれば、ホズマー・エンジェルに相当する人物は結婚資金を引き出した帰りに強盗に遭って負傷しただけの、誠実な人物だった──という落ちだそうです(なおデクスター版では依頼人や関係者の名前はドイルの原作から変えられているとのことですが、ピュルヘネンの本文はドイルの人物名になぞらえて要約しているため、ここでもそれに倣っています)。ピュルヘネンはこれを、読者(この場合はデクスター自身)が「転移」の関係の中でテクストの隙間を埋め、自分自身の物語として再構築する営みの好例として位置づけています。

読んでみての感想

全体として、精神分析批評の入門的な整理としてはコンパクトにまとまっている一方で、ラカンの三角形図式を「花婿失踪事件」に当てはめる部分と、バイヤールの探偵批評を使ってホームズの沈黙を「アイリーン・アドラーへの未練」として読み解く部分は、単なる理論紹介にとどまらない、この論文ならではの読解だと思います。「緋色の研究」でも「バスカヴィル家の犬」でもなく、あえて地味な「花婿失踪事件」を選んでいるのも、この作品が「手紙の流通」と「アイデンティティの二重性」という主題を、精神分析的な議論にちょうどよい形で提供してくれるからなのでしょう。「探偵の無意識」という切り口は、いずれ別の作品を読み解く際にも応用できそうです。

参考文献

  • Pyrhönen, H. (2020) “Psychoanalysis”, in Janice Allan, Jesper Gulddal, Stewart King, Andrew Pepper (eds), The Routledge Companion to Crime Fiction, Routledge, pp.129-136. DOI: 10.4324/9780429453342
  • Doyle, A.C. “A Case of Identity”(邦題「花婿失踪事件」延原謙訳、新潮文庫『シャーロック・ホームズの冒険』所収)
  • Bayard, P. (2001)『アクロイドを殺したのはだれか』大浦康介訳、筑摩書房(原著 Qui a tué Roger Ackroyd?, Éditions de Minuit, 1998)
  • Bayard, P.『シャーロック・ホームズの誤謬:『バスカヴィル家の犬』再考』平岡敦訳、東京創元社(単行本2011年、創元ライブラリ版2023年/原著 L’Affaire du chien des Baskerville, Éditions de Minuit, 2008)
  • Žižek, S. (1991) Looking Awry: An Introduction to Jacques Lacan through Popular Culture, MIT Press.
  • Lacan, J. (1988) “Seminar on ‘The Purloined Letter'”, trans. J. Mehlman, in Muller and Richardson (eds), The Purloined Poe, Johns Hopkins University Press.
  • Ginzburg, C. (1983) “Clues: Morelli, Freud, and Sherlock Holmes”, in Eco and Sebeok (eds), The Sign of Three, Indiana University Press.

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