2026年9月14日:「Young Sherlock」に見る、ホームズとモリアーティの”出会い方”

シャーロッキアン日記

この記事がきっかけで、少し調べ物をしてみました。

Sherlock's 8-Part Successor Brings The Detective Back To The Victorian Era
It answers some big questions, too.

ScreenRantに掲載された「Young Sherlock」評(Adrienne Tyler, 2026年9月11日付)を読んでいて目に留まったのが、「劇中でホームズとモリアーティが初めて出会う場面が描かれている」という一節です。オックスフォード大学の使用人(スカウト)として働くホームズが、学生のジェイムズ・モリアーティと出会い、友情を育んでいく——という設定でした。正典(Canon)を長く読んできた身としては、これは正典が残した”空白”をアダプテーションがどう埋めるか、という点で興味深いテーマだと感じました。

正典はホームズの大学時代について何を語っているか

まず確認しておきたいのは、コナン・ドイルの正典60編には、ホームズがどの大学・どのカレッジに在籍したかを明記する箇所がない、という事実です。手掛かりは「グロリア・スコット号」と「マスグレーヴ家の儀式」に集中しています。前者でホームズは、カレッジにいた二年間にヴィクター・トレヴァーが唯一の友人だったと回想し、後者では大学最後の数年間に自分の観察・推理法が学内で話題になったこと、そしてレジナルド・マスグレーヴが自分と同じカレッジにいたことを語ります。しかし、大学名もカレッジ名も、正典中では一度も示されません。

この空白をめぐっては、ドロシー・L・セイヤーズが評論「ホームズの大学経歴」(“Holmes’ College Career”、1934年、H. W. Bell編『Baker Street Studies』が初出。後に1946年刊行の『Unpopular Opinions』に再録)で、ケンブリッジ説を擬似学術的に論じたことがよく知られています。ただしセイヤーズ自身は、正典の断片に「高等批評」の手法を大真面目に適用するこの種の論考を、恣意的な読解がいかにもっともらしい結論を生み得るかを示す、シャーロッキアン的な知的遊戯として位置づけています。つまり「Young Sherlock」がオックスフォードを舞台に選んだこと自体、正典が確定していない部分に対する、一つの解釈的選択にすぎません。

モリアーティとの出会いも、正典には描かれていない

もう一つ確認しておきたいのは、モリアーティとホームズがどこでどう知り合ったかについて、正典が一切語っていない、という点です。二人が直接対峙する場面が描かれるのは「最後の事件」(1893年)だけですが、モリアーティはそこで初めて名前が出るわけではなく、犯罪組織の首魁として物語の背後に重要な位置を占める「恐怖の谷」にも登場します(作中の内的年代としては、通常「最後の事件」以前に位置づけられます)。

「最後の事件」でホームズが語るところによれば、モリアーティは21歳のときに二項定理についての論文を書き、それを足がかりに地方の小さな大学で数学の教授職を得ました。しかしその後、大学町で黒い噂が立ち、教授職を辞任せざるを得なくなったとされています。また、数学界でもほとんど批評できる者がいないとされる著書『小惑星の力学』の著者でもあります。ホームズは、自分が長年にわたってこの人物とその組織を追ってきたと語りますが、二人がいつ、どこで初めて出会い、どのように敵対するに至ったのかは、正典のどこにも書かれていません。

過去のアダプテーションはこの空白をどう埋めてきたか

この空白を埋めようとしたのは「Young Sherlock」が初めてではありません。1985年の映画『Young Sherlock Holmes(邦題:ヤング・シャーロック ピラミッドの謎)』では、ホームズが通う寄宿学校の剣術教師「レイス」が、実は正体を隠したモリアーティ(本名イー・ター)だったという構成が知られています(固有名の表記や細部は、映画本編・クレジット等での再確認をお勧めします)。ここでのホームズとモリアーティの関係は「学友」ではなく「学校の剣術教師と生徒」であり、しかもその関係が友情ではなく裏切りという形で終わる点が特徴的です。

一方、アンドリュー・レインによる児童向け小説シリーズ『Young Sherlock Holmes』(2010〜2015年、全8作)では、少なくとも第1作『Death Cloud』の舞台はオックスフォードではなく、ホームズが休暇を過ごす叔父夫妻の屋敷(ハンプシャー)で、マイクロフトが雇った家庭教師エイマス・クロウとその娘ヴィクトリアが主要人物になります。モリアーティが学友として明確に描かれているわけではなく、書評サイトThe Bookbagのレビューでは、同作に登場する「M」で始まる姓を持つ悪役について、後のモリアーティやモランを示唆する仕掛けではないかという読み込みが示されていますが、これはあくまで書評者による解釈であり、作者や出版社が意図を確定させたものではありません。

「Young Sherlock」(2026)の選択について

こうして並べてみると、今回のPrime Video版が「オックスフォードのカレッジで働く若いホームズと、学生モリアーティを出会わせ、友情を結ばせる」という筋立てを選んだのは、1985年版の”師の裏切り”型とも、レイン版の”郊外の冒険譚”型とも異なる、新しい解の一つだと言えそうです。正典に空白がある以上どの解釈にも唯一の正解はありませんが、「学友が宿敵になる」という筋立ては、正典が積み残した謎を必然的に埋めるというより、現代の物語文法(friends-to-enemies)を持ち込んだ再解釈、と見るのが正確なところだと思います。

なお、ScreenRantの記事は、シーズン2でこの学友関係がいつ、どのように壊れていくのかがさらに掘り下げられる余地がある、と論じています。これはあくまで同記事筆者による見通しであり、Prime Video側が公式に明言した方針ではない点には注意が必要です。正典の空白がこの先どこまで埋められ、あるいは新たに書き換えられていくのか、引き続き注目していきたいと思います。

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