2026年5月15日:デビッド・バークさん(グラナダTVホームズの初代ワトソン)の逝去

シャーロッキアン日記

2026年5月(具体的日付は本記事執筆時点で未公表)、英国の俳優デビッド・バーク(David Burke)氏が91歳で亡くなったと複数のコミュニティを通じて伝わってきました。

シャーロッキアンにとって、この名前はあまりにも特別な響きを持っています。1980年代グラナダ・テレビ制作『シャーロック・ホームズの冒険』の初期シリーズで、ジェレミー・ブレットのホームズと並ぶジョン・H・ワトソン医師を演じた俳優として、心に刻まれている人が多いでしょう。私も、シャーロッキアンになる過程で、グラナダホームズには多大なる影響を受けました。

彼のご逝去の報に深い悲しみを感じざるを得ませんが、この機会に改めて彼の功績を振り返ってみたいと思います。

経歴と人物

バーク氏は1934年5月25日、リヴァプール生まれ。王立演劇アカデミー(RADA)で修練を積み、英国演劇界の正統な道を歩んできた俳優です。

オックスフォード大学在学中、学生劇の経験が俳優への道を決定づけたきっかけだったと伝えられています。母親が敬虔なカトリックで、息子が「堕落の世界」たる演劇に身を投じることを嘆いたという逸話も、いかにも戦後英国の家庭らしい話です。

シャーロッキアン的視点から興味深いのは、バークがホームズとの「再会」を果たした俳優だったという点です。1965年、ダグラス・ウィルマー=ナイジェル・ストック主演のBBC版『シャーロック・ホームズ』において、彼は「緑柱石の宝冠」のサー・ジョージ・バーンウェル役として登場しています。

それから約20年後、今度はワトソンとしてベイカー街221Bに戻ってきたことになります。役者の人生と正典の人生がこのように交差するのは、シャーロッキアン的に味わい深いところです。

舞台俳優としては、1998年のマイケル・フレイン作『コペンハーゲン』においてニールス・ボーア役を創造したことが特筆されます。量子物理学の倫理を扱うこの作品で原科学者を演じきった事実は、彼の演技者としての知性を示しています。フレインとの共著『コペンハーゲン・ペーパーズ』(2000年)もまた、知的な側面を伝える仕事といえるでしょう。

テレビでは『ライリー、スパイ 〜裏切りの戦場〜』のヨシフ・スターリン役が代表作とされ、声高でないがゆえに不気味な、抑制と計算に満ちたスターリン像として高く評価されました。

夫人は名女優アンナ・コールダー=マーシャル、そして息子は近年『ストライク』シリーズや『フューリオサ』で広く知られるようになったトム・バークです。

 

ワトソン役への評価

グラナダ版のワトソンといえば、エドワード・ハードウィックを思い浮かべる方が多いかもしれません。確かにハードウィックは、シリーズ後半の落ち着いた、年輪を重ねた相棒像を確立しました。しかしバークが担ったのは、より若々しく、情緒豊かで、活力に満ちたワトソンでした。

それまでの映像化作品では、ナイジェル・ブルース型の「お調子者で間抜けな相棒」というワトソン像が長く支配的でした。グラナダ版の革新性は、ナイジェル・ブルースが作り上げたステレオタイプに抗して、ドイルの原典通り、若く、スリムで、行動力ある男としてワトソンを描き直したことにあります。その革新の最初の体現者がバークだったと言えるかもしれません。単なる引き立て役でも単なる記録係でもなく、有能な軍医であり、忠実な友であり、そしてホームズの冷ややかで聡明な姿に対する視聴者の感情的なよりどころとしてのワトソンを確率した功績は、グラナダ版の骨格を決定づけたといっても過言ではありません。グラナダでホームズに引き込まれた人は、むしろナイジェル・ブルースのようなイメージというものはなく、より正典世界に忠実なワトソンのイメージが自然なのではないでしょうか。

製作者マイケル・コックスは、1972年に『Holly』という別作品ですでにバークと組んでおり、ワトソン役選定の際には「バークなら温かさと機知の最大値をもたらせる」と確信していたと回想しています。実際、その読みは当たりました。 

ジェレミー・ブレットとの友情

バークがブレットとともに作り上げたホームズ&ワトソン像は、単なる仕事上のパートナーシップを超えていました。1985年の The Armchair Detective 誌のインタビューで、ブレットはこんなことを語っています

私たちは自問しました。「誰がホームズと一緒にいるだろうか?」と。ワトソンはそうします。では、なぜ彼は一緒にいるのでしょうか?確かに、彼は推理に魅了されています。ホームズが自分がアフガニスタンから帰ってきたばかりだと知っていたことに、彼はまだ驚きから立ち直っていません。しかし、それだけではありません。ホームズは、一緒に部屋を共有するには不可能な人物です!私がこの役柄の下で流れている部分で発見したのは、ワトソンがどういうわけかこの男の必要性を理解しているということです。

Jeremy Brett: The Real Sherlock Holmes
Actor Jeremy Brett–widely considered the best Holmes in history–muses on Sherlock's thoughts about Watson, women, and de...

このような役柄の解釈を、二人が練り上げていった、この事実こそが、グラナダ版の現在もなお色褪せない魅力の核心にあると思います。

ブレットといえば、病に苦しみ、撮影中も度々その症状と闘っていたことが知られます。バークもハードウィックも、ブレットの病状を理解し、支えていたと伝えられています。

退場と継承

バークは初期シリーズ(1984~85年)を最後にグラナダシリーズを離れ、妻アンナとともに王立シェイクスピア劇団(RSC)に加わりました。当時幼かった息子トムにとって、夫婦が同じ場所で働くことが最良の選択だ、と二人は考えたのです。家族を最優先するという、まさにバーク氏らしい判断でした。

しかし忘れてはならないのは、後任のエドワード・ハードウィックを推薦したのが、バーク自身だったという事実です。自分の去ったあとも作品が良い状態で続くようにという配慮、これだけでも、彼がワトソンという役柄をどれほど大切にしていたかが伝わってきます。 

もしグラナダ版初代ワトソンを知らないシャーロッキアンがいたら、ぜひ最初の13エピソードを見ることを強くおすすめします。「ボヘミアの醜聞」「赤毛組合」「青いガーネット」そして「最後の事件」。そこには、若く活力に満ちたバーク版ワトソンが、ブレットのホームズと並んで輝いています。

もし、グラナダのはまり役がブレットだけで、ワトソン役があそこまではまり役でなかったとしたら、私はあのときあれほど夢中になってドラマを見ることも無かったかもしれません。

心よりご冥福をお祈りいたします。RIP

 

参考文献・参照リンク

“David Burke (British actor)”, Wikipedia: https://en.wikipedia.org/wiki/David_Burke_(British_actor)

Monique Claisse, “David Burke”, The Arthur Conan Doyle Encyclopedia: https://www.arthur-conan-doyle.com/index.php/David_Burke

“John Watson (Granada)”, Baker Street Wiki: https://bakerstreet.fandom.com/wiki/John_Watson_(Granada)

“David Burke: Master of Character Acting & Dr. Watson”, A Cup of Crime: https://www.acupofcrime.com/actors/david-burke/

“Brett, Burke, and the Greatest Friendship Ever”, The John H Watson Society: https://www.johnhwatsonsociety.com/brett-burke-and-the-greatest-friendship-ever/

“Remembering the Humor of Jeremy Brett”, I Hear of Sherlock Everywhere: https://www.ihearofsherlock.com/2019/09/remembering-humor-of-jeremy-brett.html

“Sherlock Holmes (1984 TV series)”, Wikipedia: https://en.wikipedia.org/wiki/Sherlock_Holmes_(1984_TV_series)

“David Burke: A Sherlockian Conversation”, The Jeremy Brett Sherlock Holmes Podcast: http://sherlockpodcast.com/index.php/2022/09/20/david-burke-a-sherlockian-conversation/

 

アイキャッチ画像は本文を元にAIが生成した画像となります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました