2026年5月5日:前田家所蔵のドイル直筆レター

シャーロッキアン日記

昨日はホームズがモリアーティ教授とともにライヘンバッハの滝に消えた(と思われていた)5月4日ということで、シャーロッキアン界隈でも盛り上がっていました。

そんな中、さらに衝撃のニュースがXに投稿され衝撃が走りました。

 

 

なんと、前田家の所蔵していたコナン・ドイルの直筆レターが東博での特別展で展示されていたというのです。

しかも、内容はタイムリーなことに『最後の事件』にまつわるものでした。

展示品の写真もXに掲載されていましたので、以下の通り引用します。

親愛なるクリスティ・マリー様
エジプトに出かけていて、帰宅したところであなたのメモを受け取りました。哀れなホームズは死にました。できれば彼は、少なくともしばらくの間は復活させたくはありません。というのも、彼に関してはいささか食傷気味で、前にフォアグラパテを食べ過ぎたのと同じくらい、過剰に摂取してしまったのです。前に出したホームズの物語は、どれでももちろんお使いください。今私は田舎で家探しをしていて、いろいろとおもしろい驚きを味わっていますが、次の場所へ向かう前に是非お会いして、アメリカでの経験について語り合いたいものです。どうか講演活動があなたの執筆の邪魔にならないことを切に願っています。生まれつきのストーリー・テラーは世の中に少ないものですから。
敬具
アーサー・コナン・ドイル

 

『哀れなホームズは死にました。できれば彼は、少なくともしばらくの間は復活させたくはありません。」と書いてありますが、逆に言うと、復活させられるような描き方をしたというのはドイル自身も自覚があったということの証左でもあると思います。

また、Xでのコメントで、少なくともドイルはホームズのことをフォアグラパテというご馳走ぐらいの位置づけには思っていたという指摘もあり、確かにその通りだと個人的には思いました。嫌っていたとか憎んでいたという解釈にとどまらない感情があることが分かります。(一方で、このレターの記載が、ドイルがホームズを嫌っていた証拠として取り上げられることもあるようです)

ところで、分からないのが宛先のクリスティ・マリーという人。ホームズ物語は、どれでもお使いください、ということは、編集者などなのでしょうか。

ちょっと調べてみました。

まず日付についてですが、May8/96となっています。

「最期の事件」が発表されたのが1893年ですので、3年後の手紙ということになります。直後ではないということは、クリスティ・マリーから「復活させないのか」といった問い合わせがあったのかもしれないと思いました。

調べてみると、マリー氏というのは、デヴィッド・クリスティー・マリーという人だそうで、ドイルと同時代のジャーナリスト・作家だったようです。探偵小説・犯罪小説も書いていたとのことで、「ジョン・ピムの事件簿」という探偵小説を書いていました。これがもしかして、ドイルから許可を取って書いたホームズ関連ものなのか、と思って調べてみたのですが、出版は手紙の日付よりも前でした。

その後は、明確な探偵が出てくる話は書いていないようですが、犯罪諸説などは書いていたようです。このどこかにホームズの影響があるのか、というのは面白い研究テーマになりそうです。

 

冒頭の写真は、David Christie Murray氏のもので、「The University of Literature」に掲載されていたものです。

 

 

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