2026年10月4日:モレッティの系統樹とホームズ正典化までの「ブラックボックス」(前編)

シャーロッキアン日記

フランコ・モレッティの論集『遠読』が届きました。

Amazon.co.jp: 遠読 新装版――〈世界文学システム〉への挑戦 : フランコ・モレッティ, 秋草俊一郎, 今井亮一, 落合一樹, 高橋知之: 本
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読みたかったのは「文学の屠場」という探偵小説論(原型は2000年発表の論文で、2005年の単行本『Graphs, Maps, Trees』に組み込まれる形で更新されています)。モレッティは初期探偵小説を、「手がかり」の働きに応じて系統樹状に整理し、ホームズ作品が突出していた理由を説明しようとします。

モレッティの系統樹とホームズの「登り方」

最初の樹は、ドイルと同時代の競合作家たちを対象にした小標本です。手がかりが「存在するか」「筋の上で必要か」「読者に見えているか」「解読可能か」という4つの基準で作品を分岐させ、より高い条件を満たす枝に位置する作品ほど生き残った、というのがモレッティの仮説です。ただし、これはあくまで形式と生存の対応関係を示す仮説であり、形式だけが人気を生んだという因果関係が実証されているわけではありません。モレッティ自身、最初の読者の選択そのものは未解明だと認めています。

この小標本の樹でも、興味深いことに『冒険』全12篇がそのまま最上位の枝に到達するわけではありません。可視性の分岐点で半数ほどが早くも脱落し、読者にとって「見えて」かつ「解読可能」な手がかりを備える作品は、寛大に数えても12篇中4篇、厳密な基準では0篇だとモレッティは述べています。つまり、ドイル自身の作品の多くも、系統樹が理想とする条件を十分には満たしていません。

この結果に対する反論――『Strand』誌という掲載媒体の違いが結果を歪めているのではないか――を検討するため、モレッティは同誌に掲載された100篇超の探偵小説を追加調査し、樹を拡張します。この拡張によって、最初の樹にはなかった2つの新しい分岐が見つかりました。ひとつは、手がかりが実際には示されず「手がかりさえあれば」といった台詞として言及されるだけの作品群。もうひとつは、手がかりが一貫して医学的症状の形で現れる作品群で、モレッティはこれをドイルの医学教育(エディンバラのベル博士へのオマージュ)と結びつけています。この拡張調査は、ドイルの技法上の特異性を裏づける一方で、探偵小説というジャンルの形態空間が、最初の4分類だけでは捉えきれないほど複雑であることも明らかにしました。

ただし面白いのは、モレッティ自身が続けて認めている点です。ドイルの手がかりの多くは実は「必要」ではあっても「解読可能」ではない。にもかかわらず最初の読者たちはこの装置を熱狂的に受け入れた。読者は形式的特徴から影響を受けながら、その影響を十分には意識していない――この現象について、評者スティーヴン・ジョンソンから「Graphs, Maps, Treesはこの問いに沈黙している」と指摘されたモレッティは、自らこれを論証の「ブラックボックス」と認め、その中身は認知科学によって解明されうるかもしれない、と可能性を認めています。量的文学史の立場としてはかなり率直な告白だと思います。

『遠読』はまだ読んでいる途中なので、この前編は今後も加筆していく予定です。後編では、この「ブラックボックス」を正面から引き受けようとした論文、Jernej Habjan「The Bestseller as the Black Box of Distant Reading: The Case of Sherlock Holmes」を紹介します。

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