少し前の話になりますが、シカゴのシティ・リット劇場(City Lit Theater)で2025年12月から2026年1月にかけて上演されていたSherlock Holmes and the Christmas Clownsという舞台について、今さらながら気になったので調べてみました。単なる公演レビューとしてはすでに時機を逸しているのですが(千日楽は2026年1月4日でした)、調べてみると「なぜホームズのクリスマス劇は他人の原作を借りてくるのか」という、ちょっと面白い系譜が見えてきたので、その角度から紹介したいと思います。
そもそも、ドイル自身のクリスマス・ホームズ小品は1作しかない
正典60作のうち、クリスマスを舞台にした物語は「青い紅玉」(延原謙訳。近年は原題The Blue Carbuncleに沿って「青いガーネット」という訳題も広まっています)ただ1作だけです。ホームズ&ワトスンものの舞台化を毎年恒例のクリスマス演目にしたい劇場にとって、これは地味に悩ましい制約だろうと思います。
まずは正典から— 「クリスマス・グース」(2011年初演、レイヴン・シアター)
シカゴのレイヴン・シアターでは、マイケル・メネンディアンとジョン・ウィーグリー(John Weagly)による脚色でSherlock Holmes and the Case of the Christmas Gooseが上演されました。もとは2011年にラジオドラマ形式の作品として作られ、2年後の2013年にフル舞台版へと再構成されたもので、以後複数シーズンにわたって毎年恒例の演目になりました。原作はもちろん「青い紅玉」です。つまりこちらは、数少ない自前の素材をそのまま舞台化した”正統派”の翻案といえます。
次に、他人の探偵を借りる— 「クリスマス・クラウンズ」(2025-2026年、シティ・リット劇場)
今回話題にしているSherlock Holmes and the Christmas Clownsは、脚本家として同じジョン・ウィーグリーが単独で手がけたものですが、原作はドイルではなくG・K・チェスタトンです。1911年5月20日に「サタデー・イブニング・ポスト」誌に発表され、同年刊行の短編集『ブラウン神父の童心(The Innocence of Father Brown)』に収録された一編「フライング・スターズ(The Flying Stars)」が下敷きになっています。
原作では、ロンドン近郊パトニーの中流家庭が舞台で、名付け親であるシティの大立者サー・レオポルド・フィッシャー(男性)がボクシング・デー恒例の訪問で名付け子ルビー・アダムズにダイヤモンド「フライング・スターズ」を贈るところから物語が始まります。実はこのフィッシャー自身に化けているのが怪盗フランボー(のちにブラウン神父の探偵協力者となる、シリーズ屈指の常連キャラクター)で、余興のパントマイムの最中に共犯のフランス人曲芸師フロリアンへ変装し、宝石をすり替えて盗み出す、という筋書きです。探偵役はもちろんブラウン神父。
舞台版では、この設定がいくつか変えられています。舞台はロンドン近郊の中流家庭から英国の田舎のカントリーハウスへ移され、贈り主も男性の名付け親フィッシャーから女性のレディ・ガブリエラ(名付け親)へと変更されました。そして探偵役はブラウン神父からホームズとワトスンに置き換えられています。演出はシティ・リット芸術監督のブライアン・パスター(Brian Pastor)。ジェームズ・スパーリング(同劇場でホームズ役を演じるのはこれが4度目)とアダム・ビターマン(同じくワトスン役として4度目)が主演しました。世界初演として、12月12日・13日のプレビューを経て12月14日(3pm)にプレス向け開幕、以後1月4日の千日楽まで金土19:30/日15:00(および12月22日月曜)の日程で上演。上演時間は休憩なし約60分でした。
シティ・リット劇場はHolmes and Watson(2006年・2014年)、The Seven-Per-Cent Solution(2015年)、The Hound of the Baskervilles(2007年・2019年)と、19年にわたってホームズ物を継続的に上演してきた劇場でもあり、「クリスマス・クラウンズ」はその最新作という位置づけになります。
「素材が尽きたら借りる」だけでなく、「もともと演劇的な話」を選んでいる
劇評サイトStage and Cinemaのレビューは、「ドイルとチェスタトンの祝祭向けテクストはこれで尽きたので、次はアガサ・クリスティの『クリスマス・プディングの冒険』を提案したい――知る人の少ない英国人作家による佳品だ」と半ば皮肉交じりに書いています。これは裏を返せば、「クリスマスに合う探偵劇」というジャンルの需要に対して、ドイル本人の遺産だけでは供給が追いつかない、という舞台制作側の事情を端的に表しているように思います。
ただ、今回チェスタトンの「フライング・スターズ」が選ばれたのは、単なる素材不足の穴埋めというより必然性があったようにも感じます。原作自体が、英国のクリスマス恒例演目であるパントマイム/ハーレクイネードの構造(義兄がハーレクイン役、恋人がクラウン役、盗賊が警官役を演じるという劇中劇)を、事件の仕掛けそのものに組み込んで書かれているからです。つまり劇場が借りたのは単なる「素材」ではなく、もともと”劇場的”に設計された物語だった、と言えるかもしれません。ホームズという記号(鹿撃ち帽、ヴィクトリア朝、名探偵と忠実な相棒というフォーマット)が、原作の物語そのものから独立して”借用可能な型”として機能している一例として、パスティーシュ研究的にはメモしておきたい事例だと感じました。
出典
- Mary Wisniewski, “City Lit Brings Sherlock Holmes to a Victorian Christmas Party,” Newcity Stage, December 18, 2025. newcitystage.com
- “Cast Set for City Lit’s World Premiere Of Sherlock Holmes and the Christmas Clowns,” BroadwayWorld, October 31, 2025. broadwayworld.com
- “Theater Review: Sherlock Holmes and the Christmas Clowns,” Stage and Cinema, December 16, 2025. stageandcinema.com
- City Lit Theater公式サイト、”Sherlock Holmes and the Christmas Clowns” 作品ページ。citylit.org
- G.K. Chesterton, The Innocence of Father Brown(“The Flying Stars” 収録、初出The Saturday Evening Post, May 20, 1911), Project Gutenberg Australia. gutenberg.net.au
- Michael Menendian(Dramatic Publishing 著者プロフィール、Sherlock Holmes and the Case of the Christmas Gooseの来歴に関する記載)。dramaticpublishing.com

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