2026年8月11日:ヴィクトリア朝医学が生んだ光と闇(2)ーホームズとワトスンの対比

シャーロッキアン日記

前半では、パーマーとプリチャードという実在の毒殺医、蛇毒を用いたロイロット博士、医師資格を持たないカルバートン・スミス、そして切り裂きジャック事件をめぐる検死医たちの論争を辿りながら、ホームズが恐れた「医学知識の悪用」について見てきました。

 

今回はその裏面、知識を悪用しなかった側の人物、ホームズ自身とワトスンに目を向けたいと思います。

 

バーツの化学実験室で

ホームズとワトスンの出会いは、ご存じの通り聖バーソロミュー病院の化学実験室です。『緋色の研究』第1章、スタンフォードに連れられて実験室を訪れたワトスンが目にしたのは、血液以外の何にも反応しない試薬を発見して興奮するホームズの姿でした。

しかもスタンフォードの証言はそれだけではありません。ホームズなら「最新の植物アルカロイド」を、悪意からではなく純粋な探究心から友人に飲ませ、その作用を確かめるくらいのことをしかねない、ただし自分自身にも同じように試すだろう、と語っています。毒物の人体への作用を知ろうとする知的欲求そのものは、前半で見た「毒殺医」たちと意外なほど近い場所にあります。違うのは、その知識をどこへ向けるのか、という一点なのかもしれません。ちなみに、この懸念は、「悪魔の足」でまさに具現化しました。

『悪魔の足」事件では、コーンウォールでの療養中、ホームズは謎の粉末の効果を確かめるため、ワトスンを道連れに自らこれを燃やして吸引するという実験を強行します。結果は劇的で、ワトスンが理性を振り絞ってホームズを部屋の外へ引きずり出さなければ、二人とも命を落としかねない状況でした。事後、ホームズは珍しく声を震わせて謝罪しています。

スタンフォードの読みはまさにあたっていたことになります。

これらの場面は医学的な検証の文脈で描かれており、ホームズが正規の医学課程を履修している様子はないにもかかわらず、医学的手法そのものに強い関心を持つ人物として造形されていることがよく分かります。(いきなり人で実験するのは今日の医学的な常識からはかなり外れていますが)

余談ですが、前項でも書いたとおり、ホームズが死体を棒でたたいた聖バーソロミュー病院は、前半で触れたパーマーがM.R.C.S.の資格を取得した病院と同じです。「悪の医師」が資格を得た場所で、後に探偵となる(犯罪)医学研究者がワトソンとの運命の出会いを果たす――意図されたものではないでしょうが、興味深い符合だと思います。

 

死体を棒で打つ男

同じ第1章、スタンフォードはワトスンにホームズの人となりを語る中で、もう一つ印象的なエピソードを紹介しています。ホームズが解剖学教室で死体を棒で打ち、死後にもどの程度まで打撲痕が生じうるのかを検証していた、というものです。死後どの程度傷が付くかという問い自体は今日の法医学でも重要な研究テーマだと思いますが、その追求の仕方は常軌を逸しています。スタンフォードはホームズを評して「少し科学的でありすぎる、むしろ冷血にちかいくらい」と語っています。

この一件は、血液試薬の発見と並べて読むと意味が立ち上がってきます。法医学的に正当な問いを、常軌を逸した手法(と周囲に思われたとしても)によって追求する人物―これがワトスンと出会う前からのホームズの姿です。ワトスンが後にホームズを「いったい何者なのか」と観察し始める、その違和感の伏線として、この場面は機能しているように思います。

 

四者を並べてみる

ここまでの材料を並べると、「医学的知識をどう使うか」という一つの主題が、倫理を挟んで枝分かれしていることが見えてきます。

  • パーマー、プリチャード、、ロイロット――知識を加害のために使った。検出困難な毒殺という形で。
  • カルバートン・スミス――医師資格を持たないが、専門知識を同じ方向(加害)に用いた。
  • ホームズ――知識を犯行の暴露・断罪のために使った。死体を棒で打つような、時に冷徹な手法も厭わない。
  • ワトスン――知識を治療・奉仕のために使い続けた。

同じ「医学的知識」という土台から、様々な異なる方向性が生まれる。パーマーやプリチャードが本来の医の倫理から逸脱した存在だとすれば、ワトスンをはじめとする多くの医師はその対極、いわば正典内部での鏡像的な対照を成しているのではないかと思います。

今日では医学教育において倫理は重要な科目になっていると思います。しかし、ヴィクトリア時代にはパーマーやプリチャードのような犯罪者が生まれてしまい、かたやワトスンのような善良な医師もいました。ヴィクトリア時代の医学における倫理の扱いがどうだったのか、気になったので調べてみました。

調べてみると、少なくとも19世紀半ばの主要な医学教育を見るかぎり、今日のbioethics / medical ethicsに相当する独立科目が一般的に置かれていたわけではありません。その一方で、medical jurisprudence(法医学・医事法学)はすでに正式な教育分野として発達していました。(パーマー、プリーストはさらにその前の世代の医学教育を受けていました)興味深いのは、毒物学やmedical jurisprudenceのような「犯罪や死を医学的に見抜くための知識」が19世紀にはすでに体系的な教育・研究の対象となっていた一方、現代的な意味での医療倫理教育はまだ同じ形では制度化されていなかったことです。

倫理の重要な基盤となったのが、1803年にトマス・パーシヴァルが刊行した Medical Ethics です。ただし現代の生命倫理とは性格が異なり、患者への義務だけでなく、医師同士の関係や病院内での専門職としての振る舞いを広く規定する「professional ethics」としての性格が強いものでした。

1858年のMedical ActによってGMCとMedical Registerが設けられ、資格を持つ医師を公的に登録する全国的制度が整えられました。GMCは医学倫理を授業として「教える」機関ではなく、やがて “infamous conduct in a professional respect” を理由に医師を処分するなど、専門職として許される行為の境界を事後的に示す役割も担うようになります。

 

目立たないことの意味

正典を通読すると、ワトスンの医学知識が発揮される場面は驚くほど限られています。負傷者の手当て、遺体の死因についての簡単な所見――多くはこの程度にとどまり、ホームズの推理を医学的に補強するような場面は決して多くありません。

ですがこれは、ワトスンの存在感の薄さというより、ワトスンの医学知識が前面に出るとき、その多くは謎を解くためではなく、傷ついた者を診察し、治療し、助ける方向にしか用いなかったことの裏返しとして読めるのではないでしょうか。ホームズの医学的関心が常に「観察」「検証」「暴露」という能動的・時に冷徹な方向を向いているのに対し、ワトスンの医学は最後まで受動的で、他者に向けられ続けています。派手さのなさこそが、彼の役割の本質だと思います。

 

学術史の中のワトスン

ワトスンの医学的側面―特に彼自身の身体、とりわけ戦傷については、実は医学界でも真面目に論じられてきた経緯もあるようです。

それが、P.L. Selvais, “A study in white: Dr. Watson in the medical press”(Journal of the Royal Society of Medicine, 1996年6月号, 89(6), 329-331.)という論文です。

前半で扱ったLopez論文とタイトルが偶然一致している点がまず面白いのですが、内容はまったく別で、ワトスンが医学誌上でどのように論じられてきたかを扱った論文です。この論文の参考文献欄には、以下のような論考が並んでいます。

  • Bates, H.R., “Dr. Watson and the Jezail Bullet”, Virginia Medicine, 1976
  • Brain, P., “Dr. Watson’s war wounds”, The Lancet, 1969

いずれもワトスンのアフガニスタンでの戦傷、正典内での記述の食い違いで知られるあの「ジェザイル弾」の傷、を、実在の医学誌が真剣に検証してきたという事実を示しています。シャーロッキアンの「Game」に通じる設定が、医学者たちの手によって実際の医学誌でも用いられたというのは非常に興味深い点です。

 

結びに

パーマーも、プリチャードも、ロイロットも、カルバートン・スミスも、ホームズも、そしてワトスンも、薬(毒薬も含め)と人の身体との作用をはじめとする医学知識を「持っている」人々です。違うのは、その知識をどちらへ向けたかでした。
とりわけホームズは、その境界線の上にいるようにも見えます。死体を棒で打ち、毒物に精通し、人間に植物アルカロイドを試しかねないほど知識への欲求が強い。それでも彼が犯罪者にならないのは、その知識を「殺すため」ではなく「暴くため」に使うからです。
そしてワトスンは、もっと静かです。彼の医学は謎を解くためではなく、傷ついた人間の方へ向かう。
医学知識そのものには善も悪もない。その知識を何のために使うのか――。
前半で出発点としたLopezの “A Study in White” を読みながら正典を振り返ってみると、ホームズ物語にはそんな問いも流れているように思えてきます。


参考文献
Selvais, P.L. (1996), “A study in white: Dr. Watson in the medical press”, Journal of the Royal Society of Medicine, 89(6), 329-331.
Doyle, A.C., A Study in Scarlet
Lopez, M. (2011), “A study in white: medicine and crime according to Sherlock Holmes“, Linguæ &, 10(1), 33-42.(前半参照)

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