9月27日、米国の映画・ドラマ情報サイトScreen Rantに「7 Best Watsons In Sherlock Holmes Adaptations」という記事が載りました。ベン・キングズレーからルーシー・リューまで、映像化作品の「名ワトスン」7人を挙げる記事です。
グラナダ版の項を読んで、まず引っかかりました。エドワード・ハードウィックがワトスンに品位を取り戻した、とあるのですが、初代ワトスンのデビッド・バークの名前が一度も出てこないのです。バークさんは今年5月に亡くなったばかりで、私もこのブログで追悼記事を書きました。
ただ、本当に考え込んだのはそのあとです。Screen Rantの記事は、「ナイジェル・ブルースがワトスンを愚鈍にし、のちの俳優たちが品位を回復した」という筋立てで書かれています。そして、この筋立ては、私自身が5月の追悼記事で書いたものとほぼ同じでした。私はそこで、グラナダ版の革新性は「ナイジェル・ブルースが作り上げたステレオタイプに抗して」ワトスンを描き直したことにある、と書いています。
本当にそうだったのでしょうか。気になって調べ直してみたところ、この前提はかなり揺らぎました。今日はその記録です。問いたいのは、ワトスンがいつ「回復」したかではありません。どの時代の誰が、どのワトスンを「原作どおり」と呼び、別のワトスンを「愚鈍」と呼んだのか、ということです。
1. 正典のワトスンは「有能」だが「ホームズではない」
出発点として、原作のワトスンを確認しておきます。「原作のワトスンは有能だった」とはよく言われますし、それは間違いではありません。ただ、正典のワトスンには、はっきりした二つの面があります。
有能な軍医、行動者としてのワトスン
ワトスンはアフガニスタン帰りの軍医で、危険な現場に拳銃を持って同行します。「技師の親指」では、親指を切り落とされて駆け込んできた技師を手当てし、ホームズのもとへ連れて行くのはワトスンです。『バスカヴィル家の犬』では、ホームズがサー・ヘンリーにワトスンを推薦し、
「このワトスン君がひき受けてくれるといちばんいいのですがね。いつもあなたの身辺についていて、いざという場合これほど信頼できる人はないと、確信をもっていえます」
と言っています。
ただし、この信頼には裏があります。ホームズはロンドンに残ると言いながら、実はひそかにダートムアへ出向き、ワトスンにも知らせずに事件を見張っていました。信頼していることと、すべてを打ち明けることは、ホームズの中では別のことなのです。
同じ作品の終盤では、スティープルトンを追ってグリムペンの大沼に踏み込んだホームズが腰まで沈み、ワトスンとレストレードが引き上げなければ助からなかった、と書かれています。ワトスンは文字どおりホームズの命を救っています。ところがホームズは、少なくとも本文の上では、この救助にはっきりとした礼を述べていません。そこに感謝の不足を読むこともできますし、ワトスンが助けに加わることを当然と受け止めていた、と読むこともできます。
揶揄され、読み違える語り手としてのワトスン
一方で、ワトスンは繰り返しホームズに推理を否定されます。いちばん象徴的なのは、同じ『バスカヴィル家の犬』の冒頭、モーティマー医師の忘れていったステッキをめぐる場面です。ホームズはワトスンの推理をほめ、「君は君自身で輝かないまでも、少なくとも光を伝える能力はあるんだ。」という言葉をかけます。ところがその直後に、ワトスンの結論はほとんど誤りだったと告げるのです。
「ワトスン君、気のどくだが、君の下した結論は大部分間違っているよ。」
「ボヘミアの醜聞」の「君はただ眼で見るだけで、観察ということをしない。見るのと観察するのとでは大ちがいなんだぜ。」や、「踊る人形」冒頭の南アフリカ証券をめぐるやりとりも、同じ系列に入ります。
ほめ言葉と訂正が続けざまに来るこの場面について、アシュリー・ポラセクは、二人の関係を「互いに補い合うが、上下関係のある」ものと読んでいます。「光を伝える能力」は侮辱ではありません。けれども、ワトスンが自ら輝く天才ではないことも、はっきり言っているのです。
マイケル・ポインターは、ドイルがワトスンに与えた役割を、超人的なホームズと対比させるための「ほどほどの知性を持った引き立て役」とまとめています(Polasek論文による引用)。私はこれに一つ付け加えたいと思います。ワトスンの最大の機能は、語り手(伝記作家)であることです。ホームズの冷たさが読者に受け入れられるのは、それをワトスンが友情のこもった筆で語るからです。
映像化はワトスンから「声」を奪う
ここに映像化の根本的な問題があります。映画やドラマでは、語りの機能はカメラに移ってしまいます。翻案研究者のトーマス・リーチは、ワトスンの一人称の語りを継続的に使った映像化はほとんどなく、そのためワトスンは常に「付け足しの人物」になる危険がある、と指摘しています。1960年代のBBC版でホームズを演じたダグラス・ウィルマーも、ワトスンの語りがないと、ホームズの冷たさだけがむき出しになってしまうことが最大の難しさだった、と語っています(いずれもPolasek論文による引用)。
つまり、「原作どおりのワトスン」は最初から一通りには作れません。有能さも、揶揄される姿も、信頼と隠しごとが同居する関係も、すべて原作にあります。語りを失ったワトスンに、映像の作り手はそのうちのどれかを選んで役割を与えなければならない。これが、以下に見ていく歴史の前提です。
2. ナイジェル・ブルースは「起源」だったのか
ブルース以前にも喜劇的なワトスンはいた
調べ直して最初に驚いたのは、ブルース以前の状況です。映像研究者のアラン・バーンズによれば、ホームズ映画の最初の約20年間、ワトスンはほとんど脚本から外されていました。そして1932年の英国映画『バスカヴィル家の犬』(ホームズはロバート・レンデル)について、当時の業界紙Varietyは、ワトスンを平板な喜劇役だと評しています(Polasek論文による引用)。
少なくとも1932年の時点で、喜劇的なワトスンはすでに確認できるわけです。ブルースが生み出したものではありませんでした。それがウィリアム・ジレットの舞台やサイレント映画から続く伝統だったのかどうかは、まだ調べられていません。
当時は「原作から生まれた」と評価されていた
ブルースがワトスンを演じたのは、1939年の20世紀フォックス版『バスカヴィル家の犬』から1946年の『Dressed to Kill』までです。バジル・ラスボーンとの組み合わせは計14本に及びました。フォックスのヴィクトリア朝設定の2本と、権利を得たユニバーサルが舞台を第二次大戦期の現代に移した12本です。二人は映画だけでなく、ラジオでもホームズとワトスンを演じ続けました。
興味深いのは、1939年当時の評価です。New York Herald Tribuneはブルースの人物造形を「丸みがあり、信じるに足る」と評し、Hollywood Reporterは、へまをするが愉快なワトスンはドイル自身の作品から生まれたものだ、と書いています(いずれもPolasek論文による引用)。少なくとも公開当時、ブルースのワトスンは「原作を裏切った」とは受け止められていませんでした。
さらにバーンズは、通説と逆のことを言っています。ブルース以前のワトスンはいなくてもよい存在だったが、ブルース以後は、ホームズをワトスン抜きで描くことはほとんど考えられなくなった。ブルースこそが映像上のワトスンを「復権」させたのではないか、というのです。実際、ブルースはホームズ役のすぐ下にクレジットされた最初のワトスン俳優だった、とポラセクは指摘しています。
ただし、ここでいう「復権」は、ワトスンが有能な軍医としての姿を取り戻したという意味ではありません。映像の中でワトスンが欠かせない存在になった、画面に出続け、クレジットでも重んじられるようになった、という意味です。人物としての格と、作品の中での必要性は、分けて考える必要があります。
それでも1939年版のワトスンは小さい
とはいえ、1939年版を原作と並べると、ワトスンの役割が縮んでいることは確かです。ポラセクの修士論文(2009年)の分析によれば、ステッキの推理場面も「光を伝える能力」の台詞もありません。荒野での再会はホームズの側から呼び出す形に変えられ、ワトスンは変装したホームズに笑い者にされます。沼からホームズを引き上げる場面も、ありません。
この縮小について、ポラセクは、第二次大戦が目前に迫るなかで公開された作品であることと結びつけ、観客が完全無欠の英雄ホームズを求め、ワトスンはその英雄に従う一般市民の代理になった、と読んでいます。リーチも、ラスボーンの非の打ちどころのないホームズには、ブルースのような対照的な重しが必要だった、と指摘しています。ただし、1939年版は米国の参戦より前の作品で、舞台を戦時下の現代に移すのはユニバーサル期からです。この読み方が1939年版にどこまで当てはまるのかは、一つの解釈にとどまり、私にはまだ判断がつきません。
ここまでで、5月の私の記述は修正が必要だとわかりました。ブルースは愚鈍なワトスン像の「発明者」ではありません。すでにあった喜劇的なワトスン像を、14本の映画とラジオ出演を通じて、長く、広く定着させた人物の一人、と言うのが正確だと思います。
3. 「回復」の担い手たち
アンドレ・モレル(1959年、ハマー・フィルム版)
モレルについては、「ワトスンを道化にしないことを出演の条件にした」という話がよく語られます。調べてみると、典拠として引かれているのは、デイヴィッド・スチュアート・デイヴィスの『Starring Sherlock Holmes』に載っているモレル本人の回想でした(Polasek論文による引用)。その内容は、ワトスンを喜劇的な人物にはしないことで「合意した」というものです。
「合意」と「出演条件」では意味がだいぶ違います。条件なら、出演を引き受ける前にモレルが求めたことになりますし、合意なら、制作の過程で役作りの方針が一致したというだけのことです。今のところ、確認できるのは後者までです。
もっと面白いのは、公開当時の評価が割れていたことです。NewsweekとVarietyは、モレルのワトスンを相変わらずのへま役、ホームズの忠実な引き立て役として扱いました。一方でMirror Newsは、これまでのどのホームズの相棒よりも機敏で親切だと評し、Motion Picture Heraldは、故ナイジェル・ブルースの頃より少し鋭く、混乱が少ないと評価しています(いずれもPolasek論文による引用)。「モレルでワトスンが回復した」と、同時代の誰もが感じたわけではなかったのです。
ポラセクは、モレルのワトスンを「副官」と呼んでいます。愚かではないけれど、命令に従うだけで、自分から動くことは少ない。荒野で再会してホームズにだまされていたと知っても、抗議は一言で終わります。
ナイジェル・ストック(1968年、BBC版)
ピーター・カッシングがホームズを演じたBBC版の『バスカヴィル家の犬』では、ステッキの推理場面と「光を伝える能力」の台詞が、ポラセクが比較した作品の中では初めて登場します。ただし、このワトスンはホームズを真似ることで有能さを示す、いわば「ホームズの代役」として描かれている、とポラセクは指摘しています。
デビッド・バークとエドワード・ハードウィック(グラナダ版)
グラナダ版の作り手たちが、道化のワトスンから離れようとしていたことは、同時代の資料で確かめられます。シリーズの撮影中だった1983年10月、マンチェスターの撮影現場を取材したクリスチャン・サイエンス・モニター紙の記事は、ブレットとバークがホームズとワトスンを、ときに演じられてきたよりも若い、30代後半から40代前半の人物として演じようとしていることを伝えています。ドイルがそう書いているから、というのが二人の言い分でした。そして記事は、ワトスンが、ときに思われているような「道化(buffoon)」にはならない、と続けています。放送が始まる半年前の時点で、この方針がすでに外に向けて語られていたわけです。同じ記事には、プロデューサーのマイケル・コックスが、これまでで最良の、最も原作に忠実な映像化を目指すと語ったことも記されています。
では、その「道化ではないワトスン」をどう作ったのか。1985年秋の『The Armchair Detective』に載ったローズマリー・ハーバートによるインタビューで、ブレットはバークとの役作りを語っています(一部は5月の記事でも紹介しました)。二人は、なぜワトスンはこんな同居人のそばにとどまるのか、と自問したといいます。ブレットの答えは、ワトスンはホームズが「ありがとう」も「おやすみ」も「助けてくれ」も言えない人間だと見抜いている、というものでした。そして、もしワトスンがマダガスカルにでも移り住んでしまったら、ホームズは6週間ももたないだろう、それを自分たちは演じることにしたのだ、と続けています。
ここで注意しておきたいのは、ブレットが語っているのが、ワトスンの推理力の回復ではないことです。二人が組み立てたのは、ホームズの弱さを見抜き、言葉にされないまま支える友としてのワトスンでした。グラナダ版が「回復」させたのは、知性よりも、友情と相互依存のほうだったと言えるかもしれません。
バークについて、一つ付け加えておきたいことがあります。彼が13話で降板した理由は、少なくとも二つ伝えられています。The Timesの追悼記事によれば、撮影地マンチェスターに通う仕事を続けることに、妻アンナ・コールダー=マーシャルと幼い息子トムを置いていくようで強い罪悪感があったため、続投を辞退したといいます。一方でThe Hollywood Reporterは、「Good heavens, Holmes!(なんてことだ、ホームズ!)」と言うのに飽きてきた、というバーク本人の言葉を伝えています。
前者だけなら家族を優先した決断、後者だけなら同じ型の台詞を繰り返す役への不満に見えます。二つは両立しますし、両方を並べたほうが、彼の決断を単純化せずにすみます。5月の記事では前者しか書きませんでした。家族の事情を中心に書いたこと自体が誤りだったわけではありません。ただ、後者の言葉を落としていたため、同じ型の台詞を繰り返す役にバークが感じていた窮屈さまでは、伝えられていませんでした。
バークは『バスカヴィル家の犬』には出演していません。1988年のグラナダ版で、ワトスンを演じたのはハードウィックです。ポラセクの分析では、この版には次のような特徴があります。
- ステッキの場面で、ホームズはワトスンの推理に拍手し、「光を伝える能力」の台詞もきちんと入っている。
- 荒野での再会では、だまされていたことへの原作どおりの抗議を、子どもっぽくなく、大人として口にする。
- スティープルトン家を見張る役目が、ポラセクが比較した作品の中では初めて描かれる。
- ただし、沼からホームズを引き上げる場面はやはりない。
ここで大事な点があります。1980年代のワトスンの「対等さ」を作った要素の多くは、原作の台詞や場面を戻すことで実現している、とポラセクは指摘しています。その意味で、「回復」は確かに起きたのです。
4. 五つの場面で比べてみる
ここまでの話を、原作の五つの場面が各版でどう扱われたかで整理してみます。1939年から1988年までの記述は、主にポラセク論文の場面比較に基づいています。(ただし、確認できていない版もあるので、これは今後改めて視聴してから埋めていきたいと思います。)「初めて」とあるのは、ポラセクが比較した作品の範囲での話で、すべての映像化を通じての初出という意味ではありません。
なお、この表はワトスンの「知性」を点数にするためのものではありません。原作でワトスンが担っていた観察、危険への同行、抗議、見張り、救助といった行為が、各版で誰に、どのように割り振られたかを見るためのものです。①があるから原作に忠実、⑤がないから劣った作品、ということにはなりません。
| 版(ワトスン役) | ①ステッキの推理 | ②同行の推薦 | ③荒野での再会 | ④張り込みの見張り | ⑤沼からの救助 |
|---|---|---|---|---|---|
| 原作 | あり(ほめた直後に訂正) | 「これほど信頼できる人はない」 | ワトスンが突き止め、だまされていたことに抗議 | ワトスンが担う | ワトスンとレストレードが引き上げる |
| 1939年(ブルース) | なし | 冗談めかした推薦 | ホームズから呼び出し、変装で嘲笑される | なし | なし |
| 1959年(モレル) | なし | 一方的な指名 | ホームズが先に声をかけ、抗議は一言 | なし | なし |
| 1968年(ストック) | あり(比較作品中で初) | 原作に近い推薦 | ワトスンが待ち伏せる | 描写なし | 逆にホームズがワトスンを止める |
| 1981年(ソローミン) | 未確認 | ||||
| 1983年(チャーチル) | 推理はほぼ正解 | 「君だよ」 | 拳銃で問い詰める | なし | 二人で協力して脱出 |
| 1988年(ハードウィック) | あり(拍手) | 簡潔な推薦 | 原作どおりの抗議 | あり(比較作品中で初) | なし |
| 2002年(ハート) | 未確認 | ||||
| 2012年(フリーマン) | 視聴済みですが、改めて細部を確認したいと思います。 | ||||
表にすると、「ブルースで落ち、モレルで回復した」とは言いにくいことがわかります。モレルの版は、場面の扱いだけを見ればブルースの版とあまり変わりません。変化がはっきり現れるのは1968年以降で、それも少しずつです。そして、原作でワトスンがホームズの命を救う⑤の場面は、ここに挙げたどの版でもそのままの形では描かれていません。
5. 英米の外側と現代のワトスン
ソ連版(1981年)
レンフィルム制作、イーゴリ・マスレンニコフ監督、ワシーリー・リヴァーノフとヴィタリー・ソローミンによるソ連のテレビ映画『バスカヴィル家の犬』(2部構成)は、ポラセクが比較した7本には入っていませんが、論文の中で「過渡期」の作品として触れられています。ポラセクによれば、足跡は男のものか女のものか、と尋ねる原作の台詞が、ここではワトスンに与えられており、ホームズが不在の中盤では、ワトスンが物語の中心に立ちます。
この版を、英米の「ブルースから回復へ」という一本道のどこかに機械的に置くことはできません。そもそもラスボーンとブルースの映画がソ連でどの程度知られていたのか、その受容の歴史から確かめる必要があります。まだ調査ができていないので、ソローミンのワトスンを「ブルース型への反動」と見ることは控えたいと思います。
同じ演技への評価の割れ(1983年)
イアン・リチャードソン主演の1983年版でワトスンを演じたドナルド・チャーチルについて、リチャードソン本人は、間抜けな演技で、役に本気でなかったと厳しく批判しています。ところがポラセクは、この版のワトスンを、ホームズと情緒的に支え合う「親友」として高く評価しています。同じ演技でも、評価は人によって大きく分かれるのです。
21世紀のワトスン
ポラセクは、2000年版(ケネス・ウェルシュ)のワトスンを「道徳的な行為者」、2002年版(イアン・ハート)を「正義の裁定者」と呼び、ここでワトスンはついに自立した、と結論づけています。
論文が書かれたあと、2012年1月に英国で放送された『SHERLOCK(シャーロック)』の「バスカヴィルの犬」で、マーティン・フリーマンのジョンはどう描かれたのか。こちらは必ずしも原作の映像化とは異なる文脈(舞台を現代に置き換えている)のため、対応するシーンの有無から検証が必要で、今後の課題としたいと思います。(ちょうど明日の夜に再放送がありますね。でも明日は所用で見られなそうなので、Apple TVで見直そうと思います。)
6. 「回復の物語」はいつできたのか
ポラセクの論文は、ワトスンが「依存」から「相互依存」を経て「自立」に至った、という三段階で整理しています。とても説得力のある整理で、私も多くを学びました。ただ、これはポラセクが立てた解釈の枠組みであって、それ自体がもう一つの、より精緻な「回復と成長の物語」でもあります。この記事では、その枠組みも検討の対象にしてきたつもりです。
今回わかったことをまとめると、次のようになります。
- 正典のワトスンには、有能な軍医・行動者という面と、推理を外して訂正される語り手という面がある。ホームズの信頼にも、隠しごとが同居している。「原作どおりのワトスン」は一通りではない。
- 喜劇的なワトスンは、少なくとも1932年の時点でブルース以前に確認できる。ブルースはそれを長く、広く定着させた人物の一人で、公開当時はむしろ「原作から生まれた」と好評だった。
- バーンズが言うように、ブルースは映像の中でワトスンを欠かせない存在にした。ただしそれは、人物としての有能さの回復とは別の問題である。
- 1950年代末のモレルについても、同時代の評価は割れていた。
- 一方、1980年代のグラナダ版などでは、原作の台詞や場面を戻すことで、ワトスンの対等さが実際に作られた。その意味での「回復」は事実である。
- しかし、「ブルースが貶め、その後の俳優たちが取り戻した」というわかりやすい一本の物語は、少なくとも部分的には、後の時代から振り返って整えられたものだと私は考えます。これは推論で、批評史をさらにたどって確かめる必要があります。
Screen Rantの記事は、この物語の最新版でした。そして5月の私の追悼記事も、同じ物語の中で書かれていました。Screen Rantの記事でバークの名前が落ちていたのは、単なる選び漏れかもしれません。けれども、グラナダ版のワトスンを「ハードウィックによる回復」とひとことでまとめる見方が長く繰り返されてきたのだとすれば、この省略は偶然以上の意味を持ちます。若々しく行動的なバークのワトスンと、落ち着いた年長の友としてのハードウィックのワトスン。異なる二つのワトスン像を一人の「回復者」にまとめてしまう語り方そのものが、問い直されるべきものなのだと思います。今回の違和感の出発点だったバークの不在は、その語り方を映す小さな証拠だったのかもしれません。
なお、日本で放送されたグラナダ版の吹替で、ワトスンがどう聞こえていたのかという問題は、別の記事で取り上げるつもりです。
参考文献・参照リンク
- アーサー・コナン・ドイル『バスカヴィル家の犬』、延原謙訳、新潮文庫
- アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』(「ボヘミアの醜聞」所収)、延原謙訳、新潮文庫
- Adrienne Tyler, “7 Best Watsons In Sherlock Holmes Adaptations“, Screen Rant, September 27, 2026.
- Ashley D. Polasek, “‘Age Doth Not Wither Nor Custom Stale My Infinite Variety’: Surveying the Evolution of Dr. John H. Watson through 70 Years of The Hound of the Baskervilles on Screen“, M.A. thesis, Clemson University, December 2009.
- Alan Barnes, Sherlock Holmes on Screen: The Complete Film and TV History(Polasek論文経由で参照)
- David Stuart Davies, Starring Sherlock Holmes: A Century of the Master Detective on Screen(Polasek論文経由で参照)
- Thomas M. Leitch, Film Adaptation and Its Discontents: From Gone with the Wind to The Passion of the Christ, Johns Hopkins University Press, 2007.(Polasek論文経由で参照)
- Michael Pointer, The Sherlock Holmes File, David & Charles, 1976.(Polasek論文経由で参照)
- Christopher Andreae, “A fresh new Sherlock Holmes makes his debut“, The Christian Science Monitor, October 19, 1983.
- Rosemary Herbert, interview with Jeremy Brett, The Armchair Detective, vol. 18, no. 4, Fall 1985; excerpts reprinted as “Jeremy Brett: The Real Sherlock Holmes“, Murder & Mayhem, November 7, 2017.
- “David Burke obituary“, The Times, 2026.
- “David Burke, Dr. Watson on ‘The Adventures of Sherlock Holmes,’ Dies at 91“, The Hollywood Reporter, 2026.
- “Sherlock Holmes (1939 film series)“, Wikipedia
- “The Hound of the Baskervilles (1981 film)“, Wikipedia
- 2026年5月15日:デビッド・バークさん(グラナダTVホームズの初代ワトソン)の逝去, 221-Books

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