先日、ロンドン図書館(The London Library)が1841年から1950年までの会員記録をデジタル化して公開したというニュースを読みました。

ニュースでは、ドイルのメンバー申請フォームの直筆サインがあるというものでしたが、そのサインを実際に見て、あれこれ調べていったら面白いものが出てきました。
その端緒は「A. Conan Doyle」の会員フォームに、推薦人として記載されていた「Arthur Griffiths」という名前です。
Arthur Griffithsは、元陸軍軍人・元監獄視察官という経歴を持ち、犯罪や監獄について数多くの著作を残した人物です。ドイルが「A. Conan Doyle」と直筆でサインして図書館に入会する際、この人物が推薦人になっていたらしい。それだけの、ごくささやかな発見でした。
最初に思い浮かんだ問いは、われわれシャーロッキアンなら誰でも考えるであろう、ごくシンプルなものでした。
「この人物は、ドイルとどのような関係だったのだろう?そしてホームズへの影響はあったのだろうか。」
調べるほど、問い自体が変わっていく
ところが、実際に調べ始めてみると、この問いはなかなか一筋縄ではいきませんでした。
一つの資料を確認すると、そこに書かれていることの根拠がまた別の資料を指している。その資料を辿ると、さらに別の文献が出典として挙げられている、という具合に、参照の連鎖をひたすら遡っていく作業になりました。
途中で気づいたのは、「よく知られた説」として流通している記述が、必ずしもその典拠が本当に言っていることと一致しない場合がある、ということです。孫引き・ひ孫引きを重ねるうちに、もとの記述より少し確信を持った言い方に変わっていた、というようなケースにも何度か出会いました。これは考えてみれば当たり前のことなのですが、実際に自分の手で系譜を追ってみて初めて、その怖さを実感しました。
そうこうしているうちに、「この人物がドイル、そしてホームズにどう影響したのか」という問い自体が、だんだん違う形に変わっていきました。
ドイルという作家が、当時どのような人間関係を通じて専門知識にアクセスしていたのか、という、もう少し広い問いの方が、手元にある資料とよく噛み合うことに気づいたのです。犯罪や監獄について詳しい人物、警察組織に人脈を持つ人物、科学の専門家、プロットのアイデアをくれる友人。ドイルの周りには、性質の異なる専門知識への「窓口」が複数あったのではないか、という見立てです。
いったんここまで
このあたりの中身、具体的にどんな資料が見つかり、どんな食い違いがあり、最終的にどういう結論になりそうか、は、まだ調査が完全には煮詰まっていないので、今回は詳細までは踏み込まずに書いています。これを突き詰めていけばBSJやSHJの投稿論文にまで発展させられるそうな予感がしています。しかし、現地でしか確認できない一次資料もいくつか残っており、それらが埋まるまでは、もう少し時間がかかりそうです。
一枚の会員記録から始まった調査が、思っていたよりずっと大きな話に育ちつつあります。いずれ形にできればと思っています。
出典:The London Library Digital Archive

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