以前、Academiaで届いたTom Ue氏によるインタビュー記事(Blackeyed Theatreの『恐怖の谷』舞台化を扱ったもの)を紹介したことを思い出し、関連する文献を探してみたところ、同じUe氏による一本前のインタビュー記事に行き当たりました。「Under the deerstalker: Nick Lane and Luke Barton on Sherlock Holmes and The Sign of Four」(Journal of Adaptation in Film & Performance, 14巻2号, 2021年, pp.233–247)です。
これは、英国の劇団Blackeyed Theatreが2018〜19年に上演した舞台版『四つの署名』(Sherlock Holmes: The Sign of Four)について、脚色・演出のNick Lane氏と、ホームズ役のLuke Barton氏にUe氏が話を聞いたものです。先に当ブログで紹介した『恐怖の谷』篇(2024年掲載、同誌17巻1号)の、いわば前編にあたります。Lane・Barton両氏のコンビはこの『四つの署名』で初めてホームズを手がけ、その後『バスカヴィル家の犬』、そして『恐怖の谷』へと続いていくことになります。
「試験の指定図書だから」という身も蓋もない出発点
Lane氏がこの作品を選んだ理由は、意外と実務的なものでした。Blackeyed Theatreの芸術監督Adrian McDougall氏からの依頼であり、『四つの署名』が英国の学校教育で試験の指定図書になっていることが大きかったといいます。指定図書である以上、原作の時系列を大きく崩すわけにはいかず、「原作の構成に忠実であること」が脚色の前提条件として最初から課されていました。興味深いのは、この制約がLane氏にとって単なる足かせではなかった点です。構成そのものは守りながら、後述するように描写の中身——特にインドの場面——には踏み込んで手を入れる、という二段構えの姿勢を取っています。これは、時系列を大胆に並行編集した後年の『恐怖の谷』篇とは対照的なアプローチで、同じ劇団・同じコンビの仕事でも、原作の性格と上演上の制約によって手法がまったく異なることがよく分かります。
ホームズを「自閉的」に演じない、という選択——二人の証言
今回のインタビューで最も興味深いのは、Barton氏が明確に語っている、ある演技上の方針です。ホームズというキャラクターを、しばしば自閉症や学習障害を示唆するような形で演じる解釈が存在することに触れたうえで、Barton氏はこう説明しています。「ドイルの時代には、今日のようなかたちでそうした特性が理解されていたはずがない」という前提に立ち、自分たちは「単なる天才であり、それを自覚し、自分の仕事に取り憑かれている」ホームズを作ろうとした、と(p.242)。
この方針は、実はBarton氏だけのものではありませんでした。Lane氏自身も、2019年のEverything Theatre誌のインタビューで、ほぼ同じ趣旨を語っています。「ホームズは高機能自閉症のサヴァン、あるいはアスペルガー症候群だとする説をネットで見かけた」としたうえで、「それよりも彼を際立たせているのは天才性であり、社会的な不器用さは、常に他人の何歩も先を行っていることから来るものだと思う」と述べているのです。つまりこれは、俳優個人の判断ではなく、脚色者と演じ手の双方が、別々の取材の場でほぼ同じ理由づけに行き着いた、コンビとしての一貫した解釈だったことになります。
Barton氏はさらに、ホームズ像の多くが実際にはワトスンの記述というレンズを通してしか存在しないことにも自覚的でした。「私たちが知っているホームズは、それぞれの物語でワトスンが彼をどう記憶していたかによって決まる」(p.241)と述べています。この視点は、記録者としてのワトスンの役割に注目したいという当ブログの今後の方針とも重なる論点です。
植民地主義の描写にどう向き合うか
原作『四つの署名』は、1857年のインド大反乱(セポイの乱)を背景とするジョナサン・スモールの回想を含み、ドイルがインド人登場人物を使用人・盗賊として描いた作品です。この点をLane氏がどう扱ったかという質問に対し、彼は最終章を拡張し、スモールと(原作では比較的平板に描かれがちな)インド人の仲間ドスト・アクバルとの友情関係を掘り下げることで、英国のインド支配そのものを問い直す余地を作ったと説明しています。先述の「構成は守る/中身は問い直す」という姿勢が、ここでも一貫しています。原作の筋立てそのものは動かさず、しかし登場人物の描かれ方には踏み込む、というのがLane氏の一貫した脚色方針のようです。
トンガーをどう扱うか、扱わないか
キャスト5〜6人という制約の中で、最大の割愛はトンガーでした。原作では終盤近くまで登場しない、きわめて小柄な人物として描かれるこの役を、Lane氏は俳優の多重配役の都合上、舞台に乗せることを断念しています。人形を使う案も検討したものの、この公演には合わなかったとのことです。
おわりに
『恐怖の谷』篇と読み比べると、同じLane・Barton両氏による仕事でありながら、指定図書という制約のもとで原作の構成に忠実であろうとした初期作と、より大胆な構成の実験に踏み出した後年作という対照が見えてきます。とりわけ「ホームズを自閉的に演じない」という選択は、Barton氏・Lane氏が別々の場で、しかもほぼ同じ理由づけで到達していた点に、二人のコンビとしての解釈の一貫性が表れています。演じ手と脚色者双方の言葉で記録されたこの一次証言は、今後のワトスン論・ホームズ像論のいずれにも接続し得る貴重な材料だと思います。
参考文献
- Ue, T. (2021). “Under the deerstalker: Nick Lane and Luke Barton on Sherlock Holmes and The Sign of Four.” Journal of Adaptation in Film & Performance, 14(2), pp.233–247. DOI: 10.1386/jafp_00055_7
- Ue, T. (2024). “The late-period Sherlock Holmes: Nick Lane and Luke Barton on adapting The Valley of Fear.” Journal of Adaptation in Film & Performance, 17(1), pp.91–101.
- Lowe, L. (2019). “Interview: Nick Lane on ‘Sherlock Holmes: The Sign of Four’.” Everything Theatre. リンク

コメント