2026年9月11日:ドイルは『四つの署名』にマラリアとカラアザールを描いていたのか——Michael Barrett教授の仮説を読む

シャーロッキアン日記

今回は、Daily Mailで報じられていた興味深い研究をご紹介します。グラスゴー大学のMichael Barrett教授(生化学寄生虫学、リーシュマニアやトリパノソーマといった病原性原虫の薬剤作用・耐性機構を専門とする研究者)がSherlock Holmes Magazineに寄稿した論考で、コナン・ドイルが『四つの署名』(The Sign of Four, 1890年)の中で、当時まだ科学的に証明されていなかった医学的知見を先取りして描いていた可能性がある、という指摘です。

私自身、ロンドン大学(LSHTM=London School of Hygiene & Tropical Medicine、熱帯医学・公衆衛生の中心的研究機関でもあります)で公衆衛生学の修士課程に在籍していた際にマラリアの授業を受けた経験があり、その時に学んだ医学史の年表と照らし合わせながら読んでみました。単なる余興的な「トリビア記事」というより、専門家自身による考察という点にまず興味を惹かれます。

着眼点はショルトー少佐の死

Barrett教授が注目するのは、『四つの署名』に登場するジョン・ショルトー少佐(インド帰りの元英国軍将校で、アグラの財宝をめぐる裏切りの当事者)の死の描写です。ショルトー少佐はインドから帰国して以来、体調が優れず、脾臓の肥大やキニーネの常備薬といった症状が語られながらも、正確な死因は作中で明示されません。

Barrett教授は、この描写が単なる筋書き上の都合ではなく、カラアザール(内臓リーシュマニア症、black fever)という、当時インドで問題となっていた熱帯病の臨床像に近いのではないか、と論じています。ただし、脾臓肥大やキニーネの常備薬は、当時のマラリア罹患を示す描写としても自然であり、カラアザールに固有の症候とまでは言い切れません。Barrett教授自身も「ドイルは別の病気を念頭に置いていたのではないかと問いたい」という形で、確定診断ではなく仮説として提示している点には注意が必要です。カラアザールの病原体をめぐっては、グラスゴー出身の軍医William Boog Leishmanが1900年に死者の脾臓標本中に小体を観察し、1903年にこれを報告しました(当初は変性したトリパノソーマと解釈していたようです)。同年、インドのCharles Donovanも独立して同様の小体を観察しています。『四つの署名』の出版はこの報告のおよそ13年前にあたります。

マラリアの蚊媒介説についても——ただし年代には注意が必要

もう一つの着眼点は、脱獄囚ジョナサン・スモールが自らのアンダマン諸島での服役生活を語る場面です。「20年もの長きにわたり、あの熱病の巣窟のような沼地で……蚊に刺されながら、ague(当時、間欠熱、しばしばマラリアを指した語)に苛まれ」という描写について、Barrett教授は、蚊・沼地・熱病・agueという要素の組み合わせが、後年Patrick Mansonが提起し、Ronald Rossの研究によって大きく進展することになる、マラリアと蚊との関係をめぐる議論を想起させる、と指摘します。

ここで一つ、年代関係を整理しておく必要があります。マラリア原虫の存在自体は、フランスの軍医Alphonse Laveranが1880年に発見していましたが、この原虫説が医学界に広く受容されるまでにも数年を要しました。蚊媒介という考え方についても、Patrick Mansonが体系立てて提示したのは1890年代前半(1894年頃)のことで、実は『四つの署名』の初出(Lippincott’s Monthly Magazine、1890年2月)よりも後になります。Ronald Rossが蚊媒介を科学的に実証したのは1897年で、『四つの署名』出版から7年後にあたります。したがって、ドイルが「Manson説を直接反映した」とは年代的に言えません。

ただし、「蚊がマラリアを媒介するのではないか」というアイデア自体は、Mansonより前から英語圏にまったく存在しなかったわけではありません。米国ワシントンの医師Albert Freeman Africanus Kingは、1882年に地元の学会でこの仮説を19の根拠とともに発表し、1883年にはPopular Science Monthly誌に寄稿しています——『四つの署名』出版の7年前にあたります。もっとも、King説は当時ほとんど相手にされず「ほぼ黙殺された」状態が続いたとされ、Mansonが1894年頃に理論を再構築するまで広く注目されることはありませんでした。したがって、ドイルがこのKing説を直接目にしていたと積極的に主張することはできませんが、少なくとも「蚊・沼地・熱病」という要素を結びつける発想そのものは、Mansonの体系化に先立って英語圏の知識圏にすでに存在していた、とは言えそうです。

むしろ興味深いのは、ドイルの描写が特定の学説というより、19世紀後半に広く共有されていた「沼地・悪い空気(mal’aria)・発熱・蚊」という漠然とした経験的連関——瘴気説と新しい寄生虫学とが徐々に入れ替わっていく過渡期の知識——を反映していた可能性がある、という点だと思います。

「Ague」という語について——延原訳と原語のずれ

ここで一つ、翻訳をめぐる興味深い論点にも触れておきたいと思います。原文でスモールが用いる語は”ague”で、延原謙訳ではこれを「マラリア」と訳しています。

「あの熱病の多い沼地で、二十年があいだというもの、昼はいちんちマングローブの樹の下で働きとおし、夜は夜できたねえ監房につながれて、蚊にはくわれるマラリアには責めさいなまれる。」(延原謙訳)

“ague”は中世以来イギリスで使われてきた土着の呼び名で、周期的な発熱・悪寒・発汗を伴う病状(特に間欠熱)を指す語です。19世紀の医学教科書における”ague”の定義(周期的な発作、脾臓肥大=”ague cake”、キニーネへの反応性など)は、今日のマラリアの臨床像とほぼ一致することが医学史研究でも指摘されています。つまり”ague”と「マラリア」は、19世紀後半の英語圏においてはほぼ同義語として扱われており、延原訳の訳語選択自体に時代的な違和感はありません。当時未解明だったのは病名や病理そのものではなく(マラリア原虫自体は1880年のLaveranの発見以来知られていました)、あくまで蚊による媒介という伝播経路の一点だった、と整理するのが正確だと思います。

所感

ドイルは医師資格を持ち、医学教育と医業経験を持っていました。そのため病気、薬、身体症状が物語の細部に現れること自体は不思議ではありません。ただし、そこから特定の熱帯医学説への直接的な接触までを推論するには、読書歴、書簡、医学雑誌への言及など、別種の証拠が必要でしょう。LSHTMでマラリアの授業を受けた際、瘴気説から寄生虫学・蚊媒介説への転換が19世紀末から20世紀初頭にかけて段階的に進んだ過程を学びましたが、『四つの署名』はちょうどその転換期の只中、1890年に書かれています。ドイルがManson説やRoss説を直接知っていたはずがない時期に、それでも「沼地・蚊・熱病」という要素をひとまとまりに描いていたという点は、当時の医学知識と大衆的なイメージがどのように混ざり合っていたかを考える材料として、むしろ面白く感じました。なお、余談ですが、Barrett教授自身も研究者としてのキャリアの一時期にLSHTMに在籍していたとのことで(私が在籍していた2006〜2007年とは重なりませんが)、思わぬところで小さな接点を見つけた気分になりました。

ただし、Barrett教授自身の言い回しも「〜ではないかと問いたい」「〜と示唆する」といった慎重なものにとどまっており、記事の見出しにあるような「予見していた」という断定は、あくまで報道側の演出だと捉えた方がよさそうです。ドイルが、後に学説として整理・検証されることになる蚊とマラリアの関係を、どこまで経験的に把握してこの描写を書いたのか——先述のKingの例のように、当時すでに部分的に流通していたアイデアの断片に触れていた可能性も排除はできません——それとも単に当時広く流布していた漠然とした因果イメージをなぞっただけなのかは、今後さらに検証が必要な点だと感じます。

なお、この報道の元になった論考自体はSherlock Holmes Magazineへの寄稿であり、Daily Mailの記事はあくまでその二次報道です。正確な論拠を確認したい場合は、可能であれば同誌の原文にあたるのが望ましいと思います。

出典

  • Grant, Graham. 2026 ‘Why discovering malaria in mosquitos was elementary for Conan Doyle’. Daily Mail, 5 September 2026. https://www.dailymail.co.uk/news/article-16107909/
  • Barrett, Michael. (出典:Sherlock Holmes Magazine掲載論考。論文題名・巻号・ページは未確認のため、原典確認が望ましい)
  • Doyle, Arthur Conan. 1890 The Sign of the Four; or, The Problem of the Sholtos. Lippincott’s Monthly Magazine, February 1890.(単行本化にあたり『The Sign of Four』に改題、1890年10月、Spencer Blackett社刊)
  • ドイル、A・C(延原謙訳)『四人の署名』新潮文庫シャーロック・ホームズ全集(CD-ROM版)新潮社(引用箇所の日本語訳は延原訳による)
  • Steverding, D. 2017 The history of leishmaniasis. Parasites & Vectors, 10: 82.
  • King, Albert F. A. 1883 Insects and Disease—Mosquitoes and Malaria. Popular Science Monthly, 23 (September 1883).

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