『まだら紐』の暗闇での大気中に、ホームズがワトスンに向かって実在した二人の毒殺医の名を挙げる場面があります。Google Scholar Alertで、これに関連する論考が送られてきたので改めて思い出すこととなりました。論考に登場したこの一節を起点に、ホームズが抱いていた「医学知識への警戒」の正体を、実在の犯罪史とともに辿ってみたいと思います。
なぜホームズは「悪人になった医者」をそれほど危険視したのか。調べていくと、ホームズが恐れていたのは「医師」という肩書そのものではなく、医学知識をもって人体を壊す=人を殺す方法を知っている者だったのではないか、と思えてきます。
探偵法の土台にあるもの
そもそもホームズの捜査手法とは何だったのか、『緋色の研究』でホームズが自らの職業を説明する場面に、その原則がはっきりと述べられています。
だいたい犯罪にはきわめて強い類似性があるから、千の犯罪を詳しく知っていれば、千一番目のものが解決できなかったら不思議なくらいなものだ。(『緋色の研究』延原謙訳 新潮文庫より)
これがホームズの方法論の核心の一つです。つまりホームズにとって「犯罪史の研究」は趣味的な博識ではなく、探偵業そのものの基盤でした。パーマーとプリチャードへの言及は、この方法論の実践例として読むのが自然だろうと思います。
『まだら紐』の夜、ホームズが語ったこと
物語終盤、グリムズビー・ロイロット博士との対決を控え、ホームズとワトスンは庄園館の外で息を潜めて夜を待っています。緊張の中、ホームズはこう漏らします。
医者が悪事をはじめるとなると、最も恐るべきことをやるものだ。彼らは度胸もあり、学識ももっているからね。ジョン・クックを毒殺したパーマーにしても、自分の妻を毒殺したプリッチャードにしても、医者としては一流だったんだ。この男にいたっては、あの手合をしのぐ曲者だが、それでも僕はそのうえを越すことができるつもりだ。(「まだらの紐」延原謙訳 新潮文庫より)
医者が道を外れれば真っ先に犯罪者になる、彼らには度胸と知識がある、パーマーとプリチャードはその道の頂点にいた、ホームズは皮肉を込めてそう述べたうえで、この男(ロイロット)はさらにしのぐ、と続けます。単なる連想ではなく、ロイロットを実在の毒殺医たちより上位に置く、意図的な格付けの言葉になっている点に注目したいところです。(ホームズ自身はさらに上を行くといっている点にも注目です)、パーマーとプリチャードを “among the heads of their profession” と評します。
実在した二人の医師
パーマーとプリチャードは架空の人物ではありません。この二人の生涯を丹念に検証した論文が実在します。Michele Lopez氏(USIH=Uno Studio in Holmes所属)による“A study in white: medicine and crime according to Sherlock Holmes”(Linguæ &誌、2011年、pp.33-42)です。以下、同論文の記述に基づいて二人の経歴を整理します。
お気づきかもしれませんが、Lopezは論文を「緋色の研究」ならぬ「白の研究(A Study in White)」と題しています。医学の観察・診断能力はホームズの探偵術にも通じる一方、その知識が反転すれば犯罪の強力な武器にもなる——その二面性を示すタイトルでしょう。
ウィリアム・パーマー(1824年ラグリー生―1856年6月14日処刑)は、聖バーソロミュー病院でM.R.C.S.(王立外科医師会員)の資格を取得した人物です。地方で開業医となりましたが競馬にのめり込み、借金を重ねる中で妻・弟・賭け仲間のジョン・パーソンズ・クックが次々と不審死を遂げます。クック殺害でストリキニーネ中毒による有罪判決を受け処刑されました。これは英国史上初めてストリキニーネ中毒での殺人有罪判決が下された事件であり、法医学(毒物学)が裁判の主役となった最初期の事例でもあります。パーマー事件を契機として1856年にはCentral Criminal Court Act 1856が制定され、事件はロンドンのCentral Criminal Court(Old Bailey)で審理されました。この法律はパーマー裁判と強く結びついて記憶されていますが、のちに廃止されています。
エドワード・プリチャード(1825年グラスゴー生―1865年7月処刑)は、キングス・カレッジとライデンで学んだとされますが、Lopez論文はその学歴自体「疑わしい」と明記しています。元は軍艦の船医で、後にグラスゴーで開業。妻メアリー・ジェーンと義母を毒殺した容疑で逮捕され、捜査・裁判ではアンチモンやアコナイトなどの毒物が問題となりました。処刑にはおよそ10万人が集まったとされ、これはグラスゴーにおける最後の公開絞首刑となりました。
ちなみに、パーマーが学んだ聖バーソロミュー病院はホームズとワトソンとも縁のある病院であり、二人が歴史的な出会いを果たした場所でした。そしてプリチャードが学んだキングス・カレッジはロンドン大学を構成するカレッジであり、ワトソンもロンドン大学で医学を学んでいます。
当時の医師資格と医学知識
ここで注目したいのは、Lopez論文自身が医師の資格の正統性にほとんどこだわっていない点です。パーマーが取得したM.R.C.S.はRoyal College of Surgeonsの外科資格です。当時の英国にはphysician、surgeon、apothecaryなど異なる資格・職能の系統が併存しており、1858年のMedical Actによって初めて全国的なMedical Registerを軸とする資格管理制度が整えられていきます。したがって、M.R.C.S.を現代イギリスの「医師免許」とそのまま同一視することはできません。プリチャードに至っては学歴そのものが怪しいと論文は明言しています。
つまりホームズが「nerve and knowledge(度胸と知識)」という言葉で名指ししたのは、医師の資格ではなく、医学の人体への影響の摂理を犯罪目的に転用する能力そのものだったと読むのが妥当だろうと思います。Lopez論文の結びも、パーマーとプリチャードが「医学界の頂点」にいたわけではなくとも、医学知識を用いて人を殺す度胸・冷静さにより殺人者としては一流だったと皮肉交じりに評しています。
ロイロットとの共通項は「蛇毒」ではない
ホームズがロイロットを「さらに上をいく」存在と評した根拠は、厳密には蛇毒という手段そのものの一致ではありません。パーマーはストリキニーネ、プリチャードはアンチモンという化学的毒物を用いており、薬理学的にはロイロットの蛇毒とは別物です。共通しているのは、専門知識を用いて通常の捜査手法では検出・立証が困難な殺害手段を作り出すという構造です。ロイロットが選んだのは、通常の毒物検査では容易に正体を突き止められないとホームズが考えた、異国由来の生物毒でした。この点でパーマー・プリチャードよりも一段上の脅威として位置づけられている、とも読めます。
医師でなくとも――カルヴァートン・スミス
「知識であって資格ではない」という論点をさらに補強する例が、「瀕死の探偵」のカルヴァートン・スミスです。ホームズ自身がワトスンにこう説明しています。
君は意外に思うだろうが、この病気にもっとも精通している人物というのは、医者じゃなくて農園主なんだ。カルヴァートン・スミスはいまロンドンへきているが、スマトラでは有名な居留者だ。(「瀕死の探偵」延原謙訳 新潮文庫より)
スミスは正規の医師ではなく、スマトラのプランテーション経営者です。現地で疫病(タパヌリ熱、作中でホームズが「クーリー病」と呼ぶもの)の流行に見舞われ、独学でこれを研究したという設定になっています。医師免許を持たずとも、特定領域の知識だけで同種の脅威になり得ることを示す好例です。この物語を「生物兵器」というテーマから論じた医学系の学術論文、「Sherlock Holmes and a biological weapon」(著者:Setu K. Vora、Journal of the Royal Society of Medicine, 2002; 95: 101-103)もあり、架空の疫病設定が今日でも真面目な考察の対象になっている点は興味深いところです。
ちなみに、この論文がどのようなものかというと、著者のSetu K. Vora医師(米国コネチカット大学)が、作中の症状や感染経路、培養可能性などを検討し、先行研究で提示されていた「タパヌリ熱=急性敗血症性メリオイドーシス(類鼻疽)」説を強く支持したうえで、カルバートン・スミスが用いた手口を、病原体を意図的に用いて人を殺害するという意味での初期の「生物兵器」的な発想として論じています。
同時代の現実犯罪―切り裂きジャックの解剖学的知識論
ホームズの活躍した時代、ロンドンでは現実の猟奇犯罪も医学的知識の是非をめぐる論争を呼んでいました。1888年の連続殺人事件(いわゆる切り裂きジャック事件)では、被害者の検死にあたった複数の外科医の間で、犯人が解剖学的知識を持っていたか否かをめぐって意見が割れています。
キャサリン・エドウズの検死では、当初診た外科医セクイラは「大した解剖学的技能は持たない」と述べた一方、シティ・オブ・ロンドン警察の外科医フレデリック・ゴードン・ブラウンは「腹部臓器の位置と摘出方法についてかなりの知識が必要」と証言しました。別の被害者を担当した外科医ジョージ・バグスター・フィリップスも、犯人は解剖学的・病理学的検査の知識を持つ者だと明言しています。
これに対し、事件全体を後から総括する立場にあった警視庁の外科医トマス・ボンドは、犯人には「科学的にも解剖学的にも知識がなく、屠殺人程度の技術すら持たない」という正反対の見解を報告書に記しました。つまり検死にあたった専門家自身の間で評価が真っ二つに割れていたわけです。これは犯人の正体を特定する材料ではなく、「解剖学的知識の有無をどう見極めるか」という当時の法医学的論争そのものとして押さえておきたい点です。
後半へ
医学知識は、パーマーやプリチャードのように加害の道具にもなれば、ロイロットのように検出困難な殺害手段を生み、あるいはカルバートン・スミスのように資格の外側からでも脅威になり得る。では、同じ医学的な知識と観察眼を持ちながら、生涯これを人を癒すためだけに用い続けた男がいたらどうでしょうか。それがワトスンです。後半では、ホームズ自身の医学への関心と、ワトスンの医師としての在り方を対比しながら、この項を続けます。
参考文献
Lopez, M. (2011), “A study in white: medicine and crime according to Sherlock Holmes“, Linguæ &, 10(1), 33-42.
Doyle, A.C., A Study in Scarlet
Doyle, A.C., “The Adventure of the Speckled Band”
Doyle, A.C., “The Adventure of the Dying Detective“

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