いつものAcademiaのお知らせメールでホームズに触れている文献を漁っていると、思いがけないところでもホームズに触れている論文に出会うことがあります。今回見つけたのは、経済学の学術誌に載った、ちょっと意外な論文でした。
計量経済学者、ホームズを語る
Michael McAleer(西オーストラリア大学)による “Sherlock Holmes and the Search for Truth: A Diagnostic Tale”(Journal of Economic Surveys, Vol. 8, No. 4, 1994年)という論文です。タイトルの通り、ホームズの推理手法を、計量経済学における「診断的検定(diagnostic testing)」——理論とデータを突き合わせ、モデルの妥当性を検証していく手法——になぞらえた方法論論文でした。
論文の前半では、正典の各作品からホームズの台詞が数多く引用されています。「データがない。証拠材料がすっかり集まらないうちから、推理を始めるのはたいへんな間違いだよ。判断がかたよるからね」(『ボヘミアの醜聞』)、「すべての条件のうちから、不可能なものだけ切りすててゆけば、あとに残ったものが、たとえどんなに信じがたくても、事実でなくちゃならない」(『四つの署名』ほか複数作品)といった、おなじみの格言の数々です。McAleerはこれらを、経済学者がデータに先立って理論を組み立ててしまう傾向への戒めとして援用しています。後半は完全に計量経済学の技術論(単位根検定、Box-Cox変換など)に入っていくため、ホームズが顔を出すのは冒頭部分に限られるのですが、こうした「畑違いの学問がホームズを方法論の鑑として引用する」現象自体が、受容史として興味深いところです。
論文中の脚注に潜んでいた実話
そして、この論文の中に、思わず目を引かれる一節がありました。「truth」を論じる章の脚注に、こんな実例が挿入されていたのです。
A remarkable case called
The Affair of the Mysterious Submarine
was reported in ‘Holmes verdict left judge at sea’,
The Guardian
, 17 May 1985.
「不可能を除外すれば残ったものが真実」というホームズの格言が、実際にイギリスの法廷で判決の根拠として使われ、そして上級審で覆された、というのです。これは調べずにはいられません。
Popi M号事件
事件の舞台は、貨物船Popi M(ポピ・エム)号。アルジェリア沖の穏やかな海上で、機関室に大量の海水が突然浸入し、船は沈没しました。船主(Rhesa Shipping Co SA)は保険会社(Edmunds)に対し、「perils of the sea(海上危険)」による全損として保険金を請求します。
争点は沈没の原因でした。船主側は「潜水艦との衝突」を主張し、保険会社側は「経年劣化による船体の損耗」(これは保険で担保されない原因です)を主張しました。厄介なことに、船は深海に沈んでいたため潜水士による船体検分ができず、直接証拠がまったく得られない状況でした。
第一審(商事裁判所、Bingham判事)は、潜水艦説について「7つの根拠から見て極めて考えにくい」としながらも、最終的にこれを事実として認定し、船主側を勝訴させました。その根拠として判事が持ち出したのが、他ならぬホームズの台詞だったのです。
“How often have I said to you that, when you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth?”
(『四つの署名』でホームズがワトスンに語る言葉)
控訴審もこの判断を支持しましたが、事件は貴族院(当時のイギリス最高裁にあたる機関)まで争われることになります。
貴族院、ホームズ流推理を退ける
1985年5月16日、貴族院はRhesa Shipping Co SA v Edmunds (The Popi M) [1985] 1 WLR 948の判決で、原判決を覆し、保険会社側を逆転勝訴させました。主任判事のLord Brandon of Oakbrookは、Bingham判事が依拠したホームズの格言を、こう評しています。
It is, no doubt, on the basis of this
well-known but unjudicial dictum
(有名だが、司法的とは言えない格言)that Bingham J. decided to accept the shipowners’ submarine theory.
そのうえで、なぜホームズ流の推理を事実認定の場に持ち込むべきではないのか、3つの理由を挙げました。
第一に、裁判官は必ずしも「どちらが真実か」を二者択一で決める義務を負っていません。「立証責任を負う側がその責任を果たせなかった」と判断する、いわば第三の道が常に開かれています。
第二に、ホームズの格言は「関連するすべての事実が判明している」場合にのみ成り立つ推論です。しかし本件では、船体が深海にあり検分自体が不可能だったため、事実がすべて出そろった状態にはありませんでした。
第三に、「証拠の優越(balance of probabilities)」という法的な立証基準は、常識に即して適用されるべきものです。いくつもの「極めて考えにくい」仮説の中から、消去法だけで一つを選び出し「これが真実により近い」と結論づけるのは、常識にそぐわないというわけです。
Lord Brandonは最後に、Bingham判事が「二つの、どちらも極めて考えにくい仮説のどちらかを選ばなければならない」と思い込んでしまった点こそが誤りであり、「証拠は原因について判断を保留させるに十分値するものであり、したがって立証責任を負う船主側がその責任を果たせなかった」という第三の選択肢を検討すべきだった、と結論づけています。
小説の中の名探偵、法廷の外で
物語の中でホームズの消去法が説得力を持つのは、作者であるドイルが「関連する事実をすべて読者に提示している」という前提があるからです。現実の事件、とりわけ物的証拠が失われてしまった海難事故のような場面では、この前提そのものが崩れてしまいます。Lord Brandonの反論は、まさにその点を突いたものでした。
法廷での引用がすべて額面通りに受け入れられるわけではない、というのも、正典の言葉が現実世界でどう扱われるかを考えるうえで示唆に富む一例だと思います。McAleerの論文自体はあくまで経済学の方法論を語るための小道具としてホームズを引いたに過ぎませんが、その脚注から思いがけず、これほど骨太な法学上の逸話にたどり着けたのは収穫でした。
出典
McAleer, M. (1994) “Sherlock Holmes and the Search for Truth: A Diagnostic Tale,” Journal of Economic Surveys, Vol. 8, No. 4, pp. 317–370.
Rhesa Shipping Co SA v Edmunds (The Popi M) [1985] 1 WLR 948; [1985] UKHL 15 (16 May 1985)

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