今回ご紹介するのは、インドのエンタメメディア Zoom TV Digital(2026年7月5日更新)が、脚本家ジャック・ソーンへの取材をもとに、『エノーラ・ホームズ3』が史実をどのように物語へ織り込んだかを紹介した記事です。(例によってキーワード設定したGoogle Alertからのメールで知りました。)

(以下若干のネタバレ有りなので未見の方はご注意ください。)
「エノーラ・ホームズ3」舞台は植民地時代のマルタ。物語は兄シャーロック・ホームズの衝撃的な誘拐から幕を開けます。
ソーン氏は、史実をそのまま扱うのではなく意図的にフィクション化することが、今回の説得力ある物語作りにおいて重要だったと強調しており、事実と想像力を融合させることで作品に厚みを持たせたと語っています。
物語の中で、ミリー・ボビー・ブラウン演じるエノーラは、兄の行方を追う過程でホテルの部屋に残された「Khost(コースト)」という言葉を発見します。この言葉が手がかりとなり、劇中で「Battle of Khost(コーストの戦い)」と呼ばれる出来事へとつながっていきます。
前作『エノーラ・ホームズの事件簿2』が実在したマッチ売り娘たちのストライキを比較的忠実に描いたのとは対照的に、本作では史実を直接再現するのではなく、歴史的事実を下敷きにしたフィクションとして物語を構築する手法が採られています。記事では、この点が前作との大きな違いとして紹介されています。
ソーンは、「英国軍によるアフガニスタンでの財宝略奪をそのまま描けば、現在につながる人々を傷つける可能性があると感じたため、あえてフィクションとして描いた」と説明しています。実際の歴史を尊重しながらも、創作によって登場人物や観客が向き合いやすい物語へと昇華させることが、本作の狙いだったようです。
また、前作で描かれたマッチ売り娘たちについては、当事者団体である Match Girls Society が、自分たちの歴史に光が当たったことを喜び、それが史実をさらに知るきっかけになったとソーンは振り返っています。その経験を踏まえ、今回は植民地主義というテーマについても、新たな角度から観客に考えてもらえる作品を目指したと語っています。
記事はまた、本作が単に歴史的出来事を描くだけではなく、登場人物一人ひとりの背景や人生を丁寧に掘り下げることで、観客の感情に訴えかけるドラマとしての厚みも備えている点を紹介しています。
史実とフィクションの使い分け
ソーンが語る「Battle of Khost(コーストの戦い)」は、実在した戦闘ではありません。Netflix Tudum のインタビューによれば、この出来事は19世紀のアングロ・アフガン戦争における英国軍の軍事行動や略奪、当時の歴史資料などを調査したうえで創作された架空の事件です。
ソーンは、英国軍兵士がアフガニスタンで財宝を持ち去った史実や、植民地主義の現実を調査したことを明かしていますが、それらを特定の歴史的事件として再現するのではなく、複数の史実を組み合わせたフィクションとして再構成しています。そのため、劇中の「コーストの戦い」は歴史上の特定の戦闘を描いたものではなく、史実に着想を得た創作と理解するのが適切でしょう。
舞台としてのマルタ
以前のこちらの日記でも、なぜマルタを舞台にしたのか、不思議に思うと書いていましたが、その理由が少し分かりました。
今作の主な舞台となるマルタは、1800年から1964年まで約160年間にわたり英国の植民地でした。ソーンは「マルタは本当に興味深い国」だと語り、英国地中海艦隊の重要拠点であったこの島を、「世界への玄関口」であると同時に、「英国軍が世界へ与えた損害への玄関口」としても描いたと説明しています。
本作の製作にあたっては、19世紀マルタの社会や文化をできる限り正確に再現するため、歴史学者や現地リサーチャーと密接に協力し、当時のマルタ社会や反英感情の背景についても丁寧に調査したとのことです。
劇中には、自由なマルタを目指す政治運動「Partito Anti-Riformista(実在した政党名をモチーフにした劇中の組織)」の一員であるミキエル・ミッツィが登場します。彼はエノーラに向かって「我々はあなた方の王冠から、破壊から、そして理解しようともせずに支配しようとする姿勢から自由になりたい」と語り、大英帝国支配への抵抗を象徴しています。
また、マルタ人の巡査がエノーラへの職務質問を理由に英国人総督から「エノーラ・ホームズは英国人だ。お前より上の存在だ」と叱責される場面など、植民地支配の階層構造を印象的に描くシーンも盛り込まれています。
批評家の反応
こうした製作姿勢についてはどのように受け止められたか、少し調べてみました。
各種レビューを見ると、本作の路線変更は概ね「シリーズの意欲的な深化」として受け止められているようです。
The Movie Blog は、新監督フィリップ・バランティーニのもとで、これまでのコミカルな演出をやや抑えつつ、サスペンス性や捜査シーンの緊張感を高めることに成功し、家族向けミステリーとしては予想以上の重厚さを獲得したと評価しています。

AV Club は、シリーズがこれまで主にヴィクトリア朝における女性差別を描いてきたのに対し、本作ではアフガニスタンやインド、マルタにおける大英帝国の植民地主義そのものへ踏み込んだ点を高く評価しています。一方で、人種を積極的に意識しないこれまでのシリーズ表現と、人種を抑圧構造として扱う今回のテーマとの間で、作品全体としてやや揺れが感じられるとも指摘しています。

Forbes は、劇中の「大英帝国は罪を認めることができない」「偉大さの意味に気を取られ、その過程で自分自身を見失う者は多い」といった台詞を印象的なものとして紹介する一方、ミステリーとしての構成にはやや弱さがあるとも評価しています。それでも、家族向けエンターテインメントとして社会的なテーマを分かりやすく提示した点については肯定的に受け止めています。

シリーズとしての位置づけ
なお、以前にもご紹介したように、本作ではヘンリー・カヴィルが3作品連続でシャーロック・ホームズを演じた初のホームズ映画シリーズとなり、新たにヒメッシュ・パテルがワトスン役として加わったことも話題になっています。
植民地主義というテーマへの踏み込みは、こうしたキャスト面での話題とは別に、本シリーズが単なる「少女探偵もの」を超え、ヴィクトリア朝を舞台とする翻案作品が現代の視点から歴史的暴力や帝国主義とどのように向き合うのかを問いかける作品へと発展していることを示していると言えるでしょう。ホームズ研究や翻案研究の観点から見ても、興味深い試みとして注目したい一本です。

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