2025年5月26日は、ピーター・カッシングの誕生日でした。
俳優ピーター・ウィルトン・カッシング(1913年5月26日〜1994年8月11日)。その名を聞いて多くの映画ファンが思い浮かべるのは、ハマー・フィルムのフランケンシュタイン博士やヴァン・ヘルシング教授、あるいは『スター・ウォーズ』のグランド・モフ・ターキンかもしれません。
しかしシャーロキアンにとって、カッシングはまた別の顔を持つ俳優です。彼は、映画・テレビを通じて三つの異なるプロダクションでホームズを演じた、「もうひとりのホームズ」なのです。
ハマー・フィルムの挑戦:初の?カラー・ホームズ(1959年)
カッシングがホームズを初めて演じたのは、1959年のハマー・フィルム製作『バスカヴィル家の犬』でした。ハマー版『バスカヴィル家の犬』は、主要ホームズ長編映画としては初期のカラー作品として知られています。監督はテレンス・フィッシャー、サー・ヘンリー・バスカヴィル役には盟友クリストファー・リーが配されました。
ハマーはシリーズ化も視野に入れていたと言われますが、最終的には実現しませんでした。理由としては興行面やスタジオの路線判断などが挙げられています。
なお撮影にあたって、カッシングはパイプ煙草が苦手だったため、各テイクの後に牛乳を一杯飲んでタバコの味を消していたと伝わっています。細部へのこだわりと、役への真摯な向き合い方を示す小話です。
BBC連続ドラマ:16話のホームズ(1968年)
ハマー版から約10年後、カッシングは再びホームズに戻ります。1968年のBBC連続ドラマ『シャーロック・ホームズ』(Sir Arthur Conan Doyle’s Sherlock Holmes)において、前シーズンのダグラス・ウィルマーの後任として主役を引き継いだのです。ワトスン役はナイジェル・ストックが担当し、全16エピソードが制作されました。
取り上げられた作品は『第二の汚点』『踊る人形』『緋色の研究』『バスカヴィル家の犬(前後編)』『ボスコム渓谷の謎』『ギリシャ語通訳』など、正典の名作が並びます。シリーズはカラーで制作されましたが、現存するのは6エピソードのみで、残る10本は失われてしまっています。現存するものの中では『青いガーネット』などは現在も高く評価されています。
正典の物語に忠実なアプローチで、カッシングは知的で頑固、物思いにふけるホームズを丁寧に作り上げました。後のジェレミー・ブレットと比較されることもある、品格ある演技は今も語り継がれています。
最後のホームズ:引退からの帰還(1984年)
カッシングが最後にホームズを演じたのは、1984年のTVムービー『シャーロック・ホームズと死の仮面』(The Masks of Death)です。ワトスン役にはジョン・ミルズ、監督はロイ・ウォード・ベイカー。ハマーのイアン版とも縁深い布陣で、引退後のホームズを描いたオリジナル脚本作品です。
当時71歳のカッシングが演じたのは、養蜂をしながら田舎で隠居生活を送る「老年のホームズ」でした。テムズ河岸に打ち上げられた謎の死体と、失踪したドイツ人王子の二つの事件が交錯するなか、ホームズは現役時代の鋭さに陰りを見せながらも捜査を続けます。「老い」と向き合うホームズを描いたという点で、他の多くの作品とは一線を画す意欲作でした。
続編『The Abbot’s Cry』構想も存在したとされますが、結局実現には至りませんでした。
ホームズ役者としてのカッシング
カッシングのホームズは、ベイジル・ラスボーンのような強烈なカリスマ性とは異なる魅力を持っていました。繊細さ、品位、そして人間的な温かみ、それがカッシングのホームズを特徴づけるものでした。共演者やスタッフは口をそろえて、彼の役への誠実な準備と現場での謙虚な姿勢を証言しています。
Tony Earnshawはカッシングのホームズに関する著書(Beating Cardboard Heroes: The Extraordinary Career of Peter Cushing)の中で、彼がホームズ役だけにとどまらず、コナン・ドイル作品関連の書籍に序文や紹介文を寄稿するなど、キャリアを超えてホームズという存在への深い愛着を示し続けたことを記しています。俳優としての仕事以上に、ひとりのシャーロキアンとして正典の世界を愛した人物だったとも言えるでしょう。
幕の顔:「本当は穏やかな男」
スクリーン上でフランケンシュタインやヴァン・ヘルシングを演じながら、カッシングは「実は、私はとても穏やかな人間なんです。虫一匹傷つけたことがない」と語っていました。ケント州ウィットスタブルの海辺の小屋に暮らし、妻ヘレンと穏やかな生活を送っていた彼は、1971年にヘレンを亡くしてからは「残りの人生はただ時間を潰しているだけ。ヘレンのもとへ行くことだけが、私の望みです」とまで語っています。
その悲しみを抱えながらも、彼は仕事への誠実さと繊細な演技で晩年まで第一線に立ち続けました。1994年8月11日、81歳でウィットスタブルにて没。同地のシーソルター・オールド・チャーチに眠っています。
ピーター・カッシングは、ホームズ研究の文脈でしばしば見過ごされがちな俳優です。しかし1959年のカラー映画から1984年の「老いたホームズ」まで、25年以上にわたって正典の世界に誠実に向き合い続けた姿は、もっと語られていいと思います。
誕生日を祝うとともに、その功績を改めて記しておきたいと思いました。

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