5月21日は「探偵の日」だそうです。
シャーロッキアンとしては、こういう記念日を見ると、とりあえず由来を調べたくなります。「探偵の日」と言われれば、真っ先にシャーロック・ホームズを思い浮かべるのがシャーロッキアン。しかし、実際のところ、なぜ5月21日なのでしょうか。ホームズは関係あるのでしょうか。
調べてみると、由来は意外に日本の近代史にありました。
「探偵の日」は、1891年(明治24年)5月21日に、日本で初めて探偵業の広告が新聞に掲載されたことにちなむ記念日だそうです。制定したのは探偵の日選定委員会。由来となったのは、「帝國探明會」と称する調査会社が朝日新聞に出した広告でした。広告には、「詐欺師や盗人の所在を調べる」「他人の行動調査を行う」といった内容が記されていたといいます。
なるほど、現代の探偵業につながる「民間調査業」の出発点を記念しているわけです。
ここでシャーロッキアンとして気になるのは、やはり1891年という年号でしょう。
1891年は、ホームズ史において極めて重要な年です。
この年、ホームズは宿敵モリアーティ教授と対決し、『最後の事件』におけるライヘンバッハの滝へ向かいます。ワトソンにとって、ホームズを失った年―少なくとも当時はそう思われていた年でした。
さらに1891年は、『ストランドマガジン』創刊とともに、ホームズ人気が爆発的に高まっていった時代です。『ストランド・マガジン』掲載の短編シリーズが人気を集め、シャーロック・ホームズという存在が「名探偵」の代名詞になりつつありました。
もちろん、日本の「探偵の日」が直接ホームズに由来するわけではありません。
しかし、少し面白い偶然があります。
日本で「探偵」という職業が新聞広告に登場した年と、ホームズが世界的探偵像を決定づけつつあった年が、ほぼ重なっているのです。
考えてみれば、ホームズ以前にも探偵文学は存在しました。エドガー・アラン・ポーのデュパン、エミール・ガボリオのルコック、そして現実世界ではヴィドックやピンカートン探偵社など、探偵の系譜は既にありました。
もっとも、ホームズ自身は「私立探偵(private detective)」よりも、あの有名な肩書き――“consulting detective(諮問探偵)” を名乗っていました。
警察でもない。興信所でもない。他の探偵が持ち込む難事件に助言する、世界で唯一の職業。
探偵の日にあらためて思うのですが、ホームズは単なる人気探偵キャラクターではありませんでした。彼は「探偵とはどういう存在か」というイメージそのものを定義した人物だったのかもしれません。
日本で探偵業の広告が新聞に現れた1891年。
同じ年、ロンドンでは『ストランド・マガジン』を舞台に、シャーロック・ホームズが世界的名探偵像を確立しつつありました。
探偵の日には、ライヘンバッハへ向かう『最後の事件』、あるいは1891年7月に『ストランド』誌上に登場した『ボヘミアの醜聞』を読み返してみるのも悪くありません。

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