FacebookのシャーロッキアングループのThe Stranger’s Roomで、ホームズの博士号を授与された、というポストが目に入りました。コメント欄には、自分も取得済み、などのコメントがたくさんついていました。
ホームズの学位?と思い確認してみたところ、アメリカのシャーロッキアン団体 The Beacon Society が運営する Fortescue Scholarship Honours Program(フォーテスキュー奨学金学位取得プログラム)のことを言っているということが分かりました。Beacon Societyについては、以前もこの日記で紹介しましたが、ホームズを題材にした教材の活用を促進しているグループです。

プログラムの名前の由来
まずこの名前を聞いたとき、「Fortescue」という言葉に何かを感じたシャーロッキアンは多いはずです。そう、「三人の学生(The Adventure of the Three Students)」に登場しています。
ホームズとワトソンがある大学の寮に滞在しているとき、ギリシャ語の奨学金試験(Fortescue Scholarship)の答案用紙が、試験前夜に盗み見られるという事件が起きたというもの。
このプログラムを設計した故Robert W. Hahn, BSIはこの事件の名称を意識的に選んだのだそうです。
正典の中に実在する(ことになっている)奨学金の名前を、現実のシャーロッキアン試験に冠する、という発想ですね。
三段階の学位制度
このプログラムの最大の特徴は、正式な「学位」が授与される点にありますが、学位と行ってもあくまでシャーロッキアン的な学位であり、大学が発行するものではありません。しかし、仕組みと構造は本格的な感じです。
第一段階:B.S.S.(Baccalaureatus Scientia in Sherlockiana)
Elementary Tripos(初級試験)に合格することで取得することができます。ラテン語になっていますが、直訳すれば「シャーロッキアーナ学士」といったところか。これが最初の入口となる試験になります。ウェブサイトから、試験問題を請求すると、PDFの試験問題がメールで届きます。これに答えを記入して提出することでこの学位がもらえます。
第二段階:A.M.S.(Artium Magister in Sherlockiana)
B.S.S.取得後に挑戦できるAdvanced Triposに合格すると得られる「シャーロッキアーナ修士」。
第三段階:Sh.D.(Doctorate in Sherlockiana)
最終段階。第三の試験に合格するか、あるいは正典に関する論文を執筆してScholarship Boardの承認を得ることで授与されるのが「シャーロッキアーナ博士」。
各段階を修了すると、それぞれの称号の使用権と証明書が発行される仕組みです。
オープンブック試験・無料・名誉制度
このプログラムには、いくつかの重要な特徴があります。
まず、すべての試験がオープンブック形式で、つまり、手元に正典を置きながら解いてよいというものです。これは決してハードルを低くするためではなく、「正典をどれだけ深く知っているか」を測ることが目的だからです。電子テキストで全文検索をかければ済む問題を出すのではなく、正典の細部への理解と文脈の把握を問うことに主眼が置かれていると言えます。
次に、参加は完全に無料で、Beacon Societyへの会費も不要です。そして、このプログラムは名誉制度(Honors System)に基づいています。試験問題を他者と共有しないこと、自分で解くこと――これはまさにFortescue奨学金試験の模倣でもあります。正典の中でその答案を盗み見た者の過ちを繰り返さないよう、誠実に取り組むことが求められているということですね。
Kimball Quiz:1964年の伝説的クイズが復活
実はこのプログラムには、もうひとつ興味深い経緯があるとのこと。
1964年6月、Baker Street Journal(BSJ)誌上で、Elliot Kimballが作成したシャーロッキアン・クイズが出題されました。同年9月号にはクイズが同封され、挑戦者たちはその難しさを「悪魔的」と形容したそう。
100問から成るこのクイズは、当時の電子テキストなど存在しない時代に、正典への深い習熟を問う試みでした。Beacon SocietyはこのKimball Quiz誕生60周年を記念し、このクイズを現行のFortescue Scholarship試験プログラムの一環として再提供しています。歴史のある問題で自分を試すという楽しみも、このプログラムには加わっているのです。
Sh.D.取得者の顔ぶれ
現在のSh.D.(博士号)取得者リストを見ると、Leslie S. Klinger(BSI)やW. Scott Monty(BSI)といった、著名なシャーロッキアンたちの名前が並んでいます。(お二人ともこの日記でもお馴染み。私も面識もあり尊敬するシャーロッキアンです)
日本のシャーロッキアンでこのプログラムに挑戦した人がいるかどうか探したところ、少なくとも一人は確認できました。
私も早速このプログラムのB.S.S.試験に挑戦しようと思い、ウェブサイトで申請をしたところ、すぐに問題が送られてきました。確かに、正典を検索すれば、あるいはAIに聞けば解けるようなものではありません。正典を読みながら、慎重に少しずつ答えを埋めています。
アイキャッチ画像は「三人の学生」のシドニー・パジェットのイラストから。

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