数日前から、とある事情でホームズとワトソンが乗った地下鉄について調べていました。
ホームズ達が地下鉄に乗ったという記録は、明確なものとしては『赤髪組合』、おそらく乗ったであろうことが想像できるのが『ブルース・パティントン設計書』です。
両方の事件ともに、当時インナー・サークルと呼ばれていた区間上の駅に行っているのですが、その頃のインナー・サークルがどのようなものだったのかを調べていました。
すぐに分かるのではないかと思い、関連するサイトを見て回ったのですが、確かなことはインナー・サークルの北側はメトロポリタン鉄道の路線(所有という意味で)、南側がメトロポリタン・ディストリクト鉄道の路線だったということ。しかし、この両社の路線がついに結ばれてサークル状になったとき、運行はかなり複雑になったようです。
また、現在のサークルラインが当時のインナーサークルにあたるのですが、他にミッドサークルとアウター・サークルという路線がありました。もっともサークルと行っても、両社は完全に環状にはなっていませんでした。
分かりにくいのはミッド・サークルとインナー・サークルは一部路線が重なっていて、その部分は両方の路線から乗り入れていたということ。それがさらに運行状況を複雑にしていませいた。
このあたりは、ネットで調べてもいろいろと情報が抜けていたりするので、文献でしっかり調べたいところ。
手元にある当時の鉄道の資料といえば、松下了平さんの『シャーロック・ホームズの鉄道学』と小池滋さんの『英国鉄道物語』です。


前者では、インナー、ミッド、アウターの運行状況が詳しく書かれていますが、運行会社については書かれrていませんでした。後者は区間ごとの鉄道会社まで詳しく乗っていて参考になりました。
ただ、すべて網羅されているのかが分からず、もう少し確認したいと思って買ったのが、『The Circle Line』という本です。

ロンドン交通博物館およびロンドン地下鉄との共同出版ということで、表紙にはロンドン地下鉄のマークも入っていて信頼度が高いことがうかがわれます。著者のDesmond F. Croome は、ロンドン地下鉄史を専門とする鉄道史家で、London Underground Railway Society(ロンドン地下鉄道協会)の中心的メンバーだそうです。
知りたかったのはホームズの活躍した時代でしたので、ここにあたる章を読みましたが、こちらは鉄道会社にフォーカスした内容で、メトロポリタン鉄道とディストリクト鉄道の関係性を時代ごとにかなり詳細に書かれており、両社の対立と和解などの歴史がよく分かりました。また、路線と運行会社の関係もある程度整理されて、理解が進みました。
サークル線という鉄道会社があったわけではなく、複数の会社が、主要ターミナル駅をつないで、かつ環状にするということに向けたロンドンの都市の歴史の重要なパートだった緒いうことが分かりました。
鉄道はそれだけで奥の深すぎる趣味なので、これまで沼にはまりそうで躊躇していたのですが、ホームズについて研究するには鉄道の歴史も知らなければならず、今回のようにその時期だけ切り取っても理解ができず、発展史をおさえなくてはならず、必然的に鉄道にも研究の対象を向けなければならないことも分かってきました。いまから鉄オタには慣れなそうですが、少し研究を進めたいと思います。

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