2026年3月30日:I Believe in Sherlock Holmes: Sherlockian Fandom Then & Now

シャーロッキアン日記

以前書いたことがあるかもしれませんが、論文配信をしてくれるサイトであるAcademiaで、シャーロック・ホームズをキーワードに設定しているため、毎日のように関連する論文について、メールでお知らせがあります。

今日は、「I Believe in Sherlock Holmes: Sherlockian Fandom Then & Now」という論文についてのお知らせがありました。ただ、Academiaのこの配信サービスは必ずしもその日に公開された論文ということではないようで、昔も受け取っていたものと同じものが配信されるケースもあります。今回の論文も以前読んだことがあったような気もします。

 

タイトルは「I Believe in Sherlock Holmes: Sherlockian Fandom Then & Now」。
いわゆる“シャーロッキアン”のあり方を、現代のファンダムと絡めて論じたものです。

印象的だったのは、SHERLOCKのシーズン2最終話をきっかけに広がった「#ibelieveinsherlockholmes」という動きから話が始まる点です。
作中でホームズが詐欺師扱いされる展開に対して、現実世界のファンが「それでも彼を信じる」というポスターを作ったり、SNSで発信したりする――このあたり、いかにも現代的な現象だなと思いつつ、どこか既視感もあります。

というのも、シャーロック・ホームズを「実在の人物」として扱う遊びは、今に始まったことではないからです。

論文の中でも触れられているように、1934年に結成されたベイカー・ストリート・イレギュラーズや、その機関誌であるThe Baker Street Journalでは、ホームズのコカイン使用やアイリーン・アドラーとの関係などが「現実の人物」として真剣に議論されてきました。

こうした営みは、一見すると“ただのファン活動”のようにも見えますが、メンバーには作家や学者も多く、内容もかなり本格的です。とはいえ、学問としてはどこまで認められるのか、という微妙な位置にあるのも確かです。

この論文の面白いところは、その「ファンと学問のあいだ」を対立ではなく、むしろ連続的なものとして捉えている点です。

著者は、アーサー・コナン・ドイルが作り出した世界は、読者によっていくらでも広がっていく“可能世界”であり、ファンによる考察や創作も、その世界を拡張する重要な営みだと指摘します。

たしかに、ホームズ作品には「記録されていない事件」や「言及だけされる出来事」が多くて、つい想像したくなる余地があります。

そう考えると、シャーロッキアン的な研究やパスティーシュは、単なる余興ではなく、シャーロック・ホームズが実在する世界に参加する行為なのかもしれません。

そして最後に著者は、「真面目な研究も、結局はファンとしての情熱に支えられているのではないか」と問いかけます。

私の場合、仕事絡みでもあれこれ調べたり書いたりしなければならないのですが、ホームズについてはそれ以上に調べたり、書いたりしているという状況を考えると、かなりの部分は“好きだから”に尽きる気がします。

ちなみにですが、私も長らく大学院で研究生をしており、早く博士論文を書かなければならない立場なのですが、長らくかけていません。これは決して、『マスター・キートン』の主人公・平賀キートン・太一さんが博士号をなかなか取れないことにあやかっている訳ではなく、ホームズ研究に力を入れすぎている訳でもなく、ただただ書いていないだけであることを反省し、結びとしたいと思います。

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