きみもシャーロッキアンにならないか

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当店は、「シャーロック・ホームズのファンを増やすために、ホームズの魅力を伝える本屋さん」をモットーに、ホームズ関連の本の販売と情報の発信をしています。

ホームズファンといっても、さまざまです。はじめて正典を手に取る人、昔読んだきりだった人、六十篇を読み終えて次の一冊を探している人——221Booksは、その誰にとっても役に立てる場所でありたいと思っています。

なかでもとくにお伝えしたいのが、「シャーロッキアン」と呼ばれる人々の世界です。今日この言葉はホームズ好き全般を指すこともありますが、狭義には「ホームズを実在の人物として研究するマニア」を指す言葉でもあります。正典を読み終えた先に、じつはもう一つの広大な世界が広がっています。

半世紀前に仁賀克彦氏が書いた「きみもシャーロキアンにならないか」という文章へのオマージュとして、現代のシャーロッキアンへの道案内としてこの文章を書いてみました。

 

英米ミステリの翻訳家・評論家として有名な仁賀克彦氏(1934〜2012)は、かつて雑誌『ミステリマガジン』(1975年10月号)に「きみもシャーロキアンにならないか」というタイトルのエッセイを書きました。コナン・ドイルのホームズが日本語で広く読まれるようになっていた一九七〇年代のことです。氏はそこで、シャーロキアン(氏の表記は「ッ」がないシャーロキアンでした)になるための条件を、赤裸々に列挙しました。

まず冒頭でシャーロキアンをこのように定義します。

コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」に関する長篇四冊「緋色の研究」「四つの署名」「バスカヴィル家の犬」「恐怖の谷」と短篇集五冊「シャーロック・ホームズの冒険」「思い出」「帰還」「最後の挨拶」「事件簿」を聖典とし、これを研究するマニアをシャーロキアンという。

シンプルな定義です。

しかし氏はそのあとすぐ、この「研究するマニア」になるためには相応の覚悟が要ると続けます。英語が読めること、ヒマがあること、そして金がかかること——三つの条件を挙げたあと、氏は日本語・英語の必読文献をずらりと並べ、こう締めくくります。

シャーロキアンと認められるには、ワトスンを女にしてしまったようなスタウトのような、独創的な論文が必要だ。

半世紀を経て、世界は変わりました。しかしこのエッセイが投げかけた問いの本質は、少しも古びていません。私はここで、仁賀氏の問いかけを現代に置き直して検証してみたいと思います。そして、多くの方に問いかけてみたいと思っています。きみもシャーロッキアンにならないか、と。

コナン・ドイルが書いたシャーロック・ホームズの物語は、長篇四作と短篇五十六篇、合わせて六十篇です。これを「聖典」もしくは「正典(カノン)」と呼びます。シャーロッキアンとは、この聖典・正典を研究するマニアのこと、と仁賀氏は定義しています。

しかしここで言う「研究する」という言葉には留保があります。シャーロッキアンの研究には、独特の前提があるのです。

ホームズは実在した。ワトソン博士もアイリーン・アドラーも、ハドスン夫人も、みな実在した。コナン・ドイルは作者ではなく、ワトソン博士の記録を世に出した代理人に過ぎない——これを虚構ではなく前提として、大真面目に、かつ喜びとユーモアをもって論じること。これを英語では「The Game」もしくは「The Grand Game」と呼びます。

The Gameの醍醐味は、正典のテキストを「事実の記録」として読み解くことにあります。ワトソンが「私の傷は鎖骨下動脈に達していた」と書きながら、別の場所では「古傷が足に疼く」と語る。この矛盾をどう解釈するか。ホームズが言及する「大学時代の友人」は、いつ、どこの大学にいたのか。正典の記述を丹念に拾い上げ、そこに生じる空白と矛盾を埋めていく作業は、実証的な歴史研究と同じ方法論をまとった知的な営みです。一流のシャーロッキアンたちが積み上げてきた考証の精緻さは、純然たる学術研究のそれに引けを取りません。

では、なぜホームズを実在の人物として扱うのでしょうか。一つには、正典そのものがそれを誘うからです。ワトソンは一人称で語り、事件の詳細をあえて伏せ、「公表できない理由がある」と断りを入れます。

正典を読み進めるうちに、読者は自然と「ホームズとワトソンは実在したのではないか」という思いにとらわれ始めます。シャーロッキアンとは、その思いを意識的に、全力で引き受けることにした人々です。

もう一つには、実在の前提に立つことで、研究として様々な実際の研究手法を使うことが可能となります。作中の矛盾がすべて「ドイルの書き間違い」で片付けられることはなくなります。実在の人物の記録ととらえれば、矛盾は謎になります。謎があれば解釈が生まれ、論文が書かれ、反論が出る。テキストが無限の深みを持つのは、この前提があればこそです。

こうした遊びを組織的に行う場として、一九三四年にアメリカで設立されたのが「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ(BSI)」です。作家・コラムニストのクリストファー・モーリーを中心に集まったこの団体は、ホームズ研究論文を発表し合うことを活動の核としながら、ホームズとワトソンの実在をあくまで大前提として振る舞うという独特の作法を確立しました。

会合ではコナン・ドイルについての言及を避けるか「ワトソンの文学代理人」と称する。こうした礼儀がBSIから世界に広まりました。

BSIの設立からほどなく、イギリスでも「ロンドン・シャーロック・ホームズ協会」が組織され、英米を軸にシャーロッキアン活動は広がっていきました。研究誌『The Baker Street Journal』(米・一九四六年創刊)と『The Sherlock Holmes Journal』(英・一九五〇年創刊)は、その活動の記録であり舞台でもあります。

仁賀氏がエッセイで両誌を紹介し「英米の張り合いはかなりのもの」と書いたのも、この長い対抗意識の歴史を踏まえてのことです。

これがThe Gameの実態です。ルールはただ一つ、ホームズは実在した、それだけです。

 

米英での歴史は上述の通りですが、日本のシャーロキアンの先人たちとして、仁賀氏はエッセイの中で、長沼弘毅氏の名を挙げました。

日本ではシャーロック・ホームズの権威、長沼弘毅さんがシャーロキアンとして有名だが、きみも、もしホームズが熱狂的に好きなら、長沼さんのあとを継いでシャーロキアンになれないか。

長沼弘毅氏は、日本のシャーロッキアン研究の礎を築いた人物です。その功績は9冊の著作とともに、今も受け継がれ発展しています。

現時点で振り返ると、長沼氏以降、日本では故小林司氏と東山あかね氏を中心に日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)が発展するなど、多くの研究者や愛好家がホームズ研究を積み重ねてきました。

ひとつことに興味を持って、シコシコやることは、この退屈な時代に、生きがいを見いだすことにつながる。バクダン作りに熱中するのと違って、スケールは小さいけど、うしろに手がまわることもなくて、第一人畜無害だ。

仁賀氏の言うとおりです。先人たちが耕した土壌はすでにここにあります。我々はその上に立って「研究」することができます。

 

仁賀氏の挙げた三つの条件を、現代に照らし合わせてみましょう。

英語について。 仁賀氏はこう書きました。

まずはじめに英語が読めること。高卒程度の力があれば、ホームズの原典はこなせる。それほど難しい英語ではない。

この言葉は今も正確です。正典の英文は決して難解ではありません。一方、正典そのものは今や優れた日本語訳が複数存在し、英語力がなくとも深く読むことは十分に可能になりました。とはいえ、世界のシャーロッキアンたちが積み上げてきた研究の大半は依然として英語です。英語で読むことができるかどうかは、シャーロッキアンとしての視野の広さに直結します。最近ではAIが発達して、英語を日本語に翻訳することも容易になってきました。しかし、海外の著名なシャーロッキアンは英米に多いため、こうした人たちと交流するには英語によるコミュニケーション能力は必要となりますので、AIが完全な音声翻訳機能を果たせるまでは、英語を聞いて、話せる能力はあった方がいいと言えます。

時間について。 仁賀氏は時間がある層として「大学生か、子供が手を離れた主婦などが適当かな」と書きました。今の時代にそのままあてはまりはしませんが、本質は変わりません。シャーロッキアンとは、つまるところ暇人の雅号です。読み、考え、書くためには、まとまった時間が必要です。ただし今日では、通勤電車の中でも電子書籍で正典が読め、SNSで世界中のシャーロッキアンとリアルタイムにつながれます。長文の資料をまとめるのもある程度AIがやってくれます。隙間時間の活用という点では、仁賀氏の時代よりはるかに恵まれています。

お金について。 ここが最も大きく変わりました。仁賀氏はこう書きました。

一人前のシャーロキアンになるには、ざっと千ドル(三〇万円)ぐらいはかかる。というのは、原典などはペーパーバックスでいくらでも入手できるが、シャーロキアン(シャーロック学)の研究書を収集するのには、英米の古書店から、今までに私版、公刊された関係文書を買いこまなくてはならない。

当時の三十万円は、消費者物価指数で換算すれば今日の百万円前後に相当します。そしてあの頃、英米の研究書は一冊ずつ海外の書店や古書店に注文するほかなく、アメリカの研究誌『The Baker Street Journal』(一九四六年創刊)やイギリスの『The Sherlock Holmes Journal』(一九五〇年創刊)のバックナンバーを揃えるだけでも、相当の資金と根気を要しました。また当時の円は1ドル360円の固定相場が終わったとは言え、依然200円後半から300円でした。昨今も円安が進んでいますが、その比ではありませんでしたので、海外の書籍を求めるのもかなりの覚悟が必要だったと思います。

今は、インターネットで世界中の古書が検索でき、デジタルアーカイブで古い研究誌を無料で読むこともできます。費用の壁は劇的に低くなりました。しかし「買うべきものが増えた」という問題は、むしろ深刻になっています。仁賀氏の時代には存在しなかった膨大なパスティーシュ、毎年刊行される新たな研究書、映像作品のソフトや配信サービス、そして聖地への旅……シャーロッキアンが費やせる金には上限がありません。

仁賀氏のこの一文だけは、半世紀を経て少しも古びていません。

多かれ少なかれ、マニアとなれば、食うものも惜しみ、デート代も節約して、そちらに振り向ける覚悟がなくてはなれぬものと知るべし。

 

仁賀氏はエッセイの相当部分を、読むべき文献のリストに割きました。日本語では長沼弘毅氏の著作群、英語の研究誌と入門書の数々。

今日では、英米での出版物をまとめたド・ワール氏による書誌、さらには英語の研究書の指針としてジョン・ベネット・ショウ氏が選定した「Shaw 100」が広く参照されています。世界のシャーロッキアンが読むべき百冊のリストです。日本語で読めるシャーロッキアナーナ(ホームズ研究書)の選書については、JSHC機関誌『ホームズの世界』第46号に掲載されたリストが参考になります。当店「221Books」では、これを発展させた選書プロジェクト「221Books 100」に取り組む予定です。日本語で読むシャーロッキアンのために読むべき本を選定し、一冊ずつ丁寧に紹介していく——それが、このサイトがこれから目指す姿の一つです。

パスティーシュとパロディについても、仁賀氏は触れています。

研究書の他に、シャーロック・ホームズのエピゴーネンやパロディにも眼を通さなくてはならない。

今日では、オーガスト・ダーレスの「ソーラー・ポンス」シリーズやエラリー・クイーン編のアンソロジーを超えて、世界中にパロディ・パスティーシュが無数に存在します。正典を深く知るほど、これらの作品は新たな輝きを帯びます。シャーロッキアンにとって、パスティーシュは娯楽であるとともに研究の補助線でもあります。

 

シャーロッキアン的な探究の射程は、The Gameの枠組みを超えて広がります。ホームズが活躍した舞台は十九世紀末から二十世紀初頭のロンドン、すなわちヴィクトリア朝末期からエドワード朝にかけての時代です。

警察制度と犯罪捜査の発展、医学と科学の革新、帝国主義と植民地の問題、階級社会の構造、新聞・出版・鉄道というメディアと交通のインフラ。ホームズの事件簿は、これらすべてを背景として成り立っています。正典を丁寧に読むことは、そのままヴィクトリア朝研究への入口となります。従ってその先、当時の時代背景を知るための書籍・研究にも対象は無限とも言える広がりを持ちます。

ホームズを深く愛した人間が、気づけばその時代そのものへと引き込まれていく。それもまた、シャーロッキアンの一つの姿です。

仁賀氏はエッセイをこう締めくくりました。

十年計画で気長に勉強して行こう。なんせ相手は死んでしまっているんだ。新作を追いかける必要もない(研究書や模作は毎年出るが)。十年すれば、きみも必ず立派なシャーロキアンになれる。

これは今も最良のアドバイスです。

正典は六十篇で完結しており、ワトソン博士はもう(おそらく)新作を書きません。焦る必要はどこにもありません。ただし世界のシャーロッキアンによる研究・パスティーシュ・評論は今この瞬間も増え続けており、その総体を追い続けることは不可能なほど困難です。

だからこそ、自分だけの関心領域をしっかりと持つことが大切だと考えています。The Gameの考証でも、書誌研究でも、ヴィクトリア朝史との接続でも・・・。

一本のロープをたぐり、深く掘っていく——それがシャーロッキアンとして生きるということです。

そして仁賀氏が最後に書いた言葉を引用しておきたいと思います。

シャーロキアンと認められるには、ワトスンを女にしてしまったようなスタウトのような、独創的な論文が必要だ。

正典という同じテキストから、まったく異なる論が生まれうる。先人の誰も気づかなかった「事実」を発見し、それを論文として発表する、これがThe Gameの、そしてシャーロッキアンの究極の喜びです。

当店「221Books」は、そのような探究の伴走者でありたいと願っています。

現在はシャーロッキアンとしての日常を記録するところから始めていますが、やがてここに研究の成果、書評、書誌情報、ホームズゆかりの地情報、ヴィクトリア朝理解への手がかりを充実させていく予定です。

 

 The Game is Afoot!

きみもシャーロッキアンにならないか。