Google Scholarのアラートに、興味深い発表タイトルが届きました。アントニヤ・プリモラツ(Antonija Primorac)氏による「From Holmes to Anti-Holmes, from Translation to Adaptation: The Cross-Border Migrations of Anglophone Detective Fiction in European Turn-of-the-Century Periodical Press」というものです。
調べてみたところ、これは2026年7月23〜25日にトリニティ・カレッジ・ダブリンで開催されたRSVP(Research Society for Victorian Periodicals)年次大会「Movements and Migrations」のプログラムに掲載された発表題目でした。発表本体(論文やスライド、要旨)はまだ見つけられておらず、タイトル中の「アンチ・ホームズ」が具体的に何を指すのかは、現時点では確認が取れていません。ただ、プリモラツ氏は同じ主題を何度か形を変えて発表してきた研究者です。この日記でも紹介していたSherlock Holmes Journal Vol.37 No.3に寄せた論考「’When you have eliminated the impossible…’ The Case of Early 20th Century Translations of Sherlock Holmes」(pp.135-141)が関係するのではないかと思い改めて読んでみました。おそらくですが、今回のRSVP発表の土台になっていると考えてよさそうな内容でした。今回はこちらの論考を軸に、ヨーロッパに現れたアンチホームズ(偽ホームズ)について追ってみたいと思います。
著者について
プリモラツ氏はクロアチア・リイェカ大学の教授で、同国におけるホームズ翻訳受容史を専門にしています。以前の紹介ではプリモラック氏と書いていましたが、プリモラツ氏の方が実際の発音に近いようなので、こちらではプリモラツ氏とさせていただきます。同氏の2023年の単著『Što čitamo kad čitamo hrvatskog Sherlocka Holmesa』(クロアチア語版シャーロック・ホームズを読むとき、私たちは何を読んでいるのか)では、1894年のクロアチア語初出以降、デジタル時代に至るまでのホームズ翻訳・翻案の歴史を扱っているようです。そしてSHJ論文はこの単著の議論を英語圏の読者向けに要約・発展させたものと思われます。
出発点:カタログの中の「見たことのないホームズ」
プリモラツ氏の調査の出発点は、クロアチア国立図書館のカタログでホームズ翻訳の最古のものを探していたときの発見でした。「銀のペンチを持つ伯爵夫人」、「四つの首を持つ女」、「切り裂きジャックの捕縛」など、コナン・ドイル作とされているのに、どうやってもドイルの原作にたどり着けないタイトルが多数リストされていたのです。
興味を持った氏は、これらとあわせて、ジュロ・トルピナツ(Gjuro Trpinac)が1907年から1911年にかけてザグレブで刊行した叢書『Detektiv Sherlock Holmes i njegovi znameniti doživljaji』(探偵シャーロック・ホームズとその名高い冒険)一式を取り寄せました。箱を開けると、そこには一冊あたり32ページ前後の紙装丁のパンフレットが40冊、一部は合本された状態で収められていました。
パラテクストという手がかり
ここでプリモラツ氏が分析の軸に据えるのが、ジェラール・ジュネットの「パラテクスト」概念(本を「本」として読者に提示する周辺的要素の総体)です。第1号「Tajna mlade udovice」(若き未亡人の秘密)の1ページ目を見ると、英語で書かれた奇妙な献辞が付いています。「1907年11月2日発行。米国における著作権はベルリンのVerlagshaus für Volksliteratur und Kunstに帰属する」という趣旨の文言ですが、日付表記や「America」を「Amerika」と綴っている点など、英語話者の書いたものとしては不自然な箇所が随所に見られます。
さらに住所表記にもドイツ語の痕跡が残っています。英語の”street”や”park”がそのままドイツ語式に複合語として綴られていたり(例:「Audley-streetu」)、”Limehouse canal”が”Limhousekanal”のようにドイツ語化されていたりする箇所が、クロアチア語訳のもとになったのが英語原文ではなくドイツ語版だったことを示す証拠として挙げられています。もう一つの手がかりは、綴りの揺れです。「シャーロック」の綴りが時折「Scherlock」というドイツ語風の綴りになっている箇所があり、これが独語からの重訳であることの、もっとも分かりやすい証左とされています。
「翻訳」ではなく「パラトランスレーション」
ここでプリモラツ氏はもう一つの理論的な道具立てとして、ギデオン・トゥーリーの「パラトランスレーション」概念を導入します。これは、目標言語の中で翻訳として通用し機能してしまう、実際には元の言語に存在しない原典を装った文章、すなわち「翻訳のふりをした文章」を指す用語です。
プリモラツ氏の分析によれば、トルピナツ版の叢書に収められたタイトルの大半は、実はドイツで1907年1月から1911年6月にかけて刊行された、全230号にのぼるパスティーシュ叢書『Detectiv Sherlock Holmes und seine weltberühmten Abenteuer』の翻案でした。つまりクロアチア語版は、コナン・ドイルの原作ではなく、ドイツで書かれた「偽ホームズ」ものを、英語からの翻訳であるかのように装って移植したものだったことになります。この独語叢書の著者名自体はSHJ論文には明記されていませんが、外部の書誌資料(Arthur Conan Doyle Encyclopediaなど)を確認したところ、クルト・マトゥル(Kurt Matull)とテオ・フォン・ブランケンゼー(Theo von Blankensee)の2人によるものとされています。表紙・挿絵の多くは、独語版のイラストレーター、アルフレート・ロロフ(Alfred Roloff, 1879-1951)の絵を流用・改変したものだったようです。
興味深いのは、この叢書の中に正典の翻訳もまぎれこんでいた点です。『緋色の研究』は「Kasna osveta」(遅すぎた復讐、というプロットのネタバレを含む邦題)としてやや過剰にメロドラマ的に訳され、他の巻より抑えめの装丁で2巻本として刊行されていました。しかし体裁も叢書名も同じであるため、当時の読者にとって、正典と「偽ホームズ」はほとんど見分けがつかない形で書店に並んでいたことになります。
本物より過激な「ドッペルゲンガー」ホームズ
この独語系の「偽ホームズ」ものの人気は相当なもので、スウェーデン・デンマーク・フランス・ウクライナ・ポルトガル・チェコ・ハンガリー・フィンランド(イディッシュ語版も)・スペイン・クロアチア・セルビア・スロベニアなど、ヨーロッパ各地、さらにはアルゼンチンにまで、同じ挿絵を使った翻訳が同時多発的に広まったとされています。
ドイルの理知的で禁欲的な探偵像とは対照的に、この「Scherlock」は感情的な人物として描かれ、事件の匂いを嗅ぎつけると興奮して「気合が入る」タイプの探偵として造形されています。捜査の多くは海外を舞台にしており、手がかりと推理よりも本能や勘に頼る探偵として描写されている点も特徴です。作中でスコットランド・ヤードの警部に対し、犯人については「会ったこともないが、存在することは分かる。勘で嗅ぎつけるようなものだ」といった趣旨の発言をする場面が引用されており、ドイルの原作のホームズとはかなり異なる人物像になっていることが分かります。
この叢書の内容そのものも、暴力的・扇情的な描写が目立ち、当時のドイツで「Schund und Schmutz Litteratur」(屑と汚物の文学)と呼ばれた低俗文学への道徳的な取り締まり運動の標的の一つとなり、最終的に1926年の青少年保護法制定の一因になったともされています。
著作権騒動とドイル自身の反応
この独語叢書の版元Verlagshaus für Volksliteratur und Kunst(ベルリン)は、ドイルの正規独語出版元だったRobert Lutz(シュトゥットガルト)から著作権侵害で訴えられ、Lutzが勝訴しています。判決後、シリーズは「Sherlock Holmes」の名をタイトルに使うことを禁じられ、『Aus den geheimakten des Welt-Detektivs』(世界的探偵の秘密書類より)と改題、探偵の相棒もワトスンに代わってHarry Taxonという人物に置き換えられました。
さらにドイル自身も、この「偽ホームズ」の氾濫に苛立ちを見せています。1909年9月6日、コペンハーゲンの新聞『Nationaltidende』に、自分はデンマークなど各国で出回っている安価な挿絵付きホームズ譚とは一切関係がない旨を表明する公開書簡を掲載したというエピソードが紹介されています。
論文の締めくくり:翻訳者への「信頼」を問い直す
SHJ論文の結びでプリモラツ氏が投げかけているのは、翻訳という営みそのものへの問いです。読者は通常、目の前のテキストが表紙に記された著者の作品を別の言語に移し替えたものだと信じて読んでいます。しかし、翻訳が誤っていた場合、あるいはそもそも原典が存在しない「パラトランスレーション」だった場合はどうなるのか。20世紀初頭にヨーロッパ各地でホームズ「翻訳」を読んでいた読者の少なからぬ数が、実際にはドイルの理性的で感情を律した探偵像ではなく、本能に頼る「ドッペルゲンガー」ホームズを受容していた可能性がある——プリモラツ氏はこの事実を、翻訳文学一般に対して私たちが抱きがちな前提を見直すための出発点として位置づけています。
関連する仕事:「アンチ・アトラス」所収章
なお、プリモラツ氏は2025年、UCL Press刊行の論集『Anti-Atlas: Critical Area Studies from the East of the West』にも「Sherlock Holmes and his Doppelgänger: For an Anti-Atlas of World Literature」という章を寄稿しています。クロアチア語版の「ドッペルゲンガー」ホームズを軸に、世界文学における「中心-周縁」という単純な図式では捉えきれない、複雑な伝播の経路を論じた仕事のようで、今回のRSVP発表・SHJ論文とも強い連続性を持つ研究だと思います。
日本の受容史との比較で見えてくるもの
これまで当ブログでは、Yingxin Chenさんの中国語訳研究や、アルメニア語のホームズ翻案小説など、非英語圏でのホームズ受容を折に触れて取り上げてきました。日本のホームズ受容も、黒岩涙香が確立した西洋探偵小説の翻案文化を土壌として広がっていった経緯があります(ただし黒岩自身がホームズを翻訳・翻案したわけではなく、ホームズの日本語初訳は1894年発表の「唇のねじれた男」の匿名訳「乞食道楽」で、後の本格的な翻訳は水田南陽らによるものです)。「翻訳」と「翻案」の境界が曖昧な土壌の上でホームズ受容が始まった、という点では、クロアチアの事例と響き合うところがあるように感じます。
正典の翻訳から始まり、10年余りでパスティーシュの翻案へと分岐していったクロアチアの事例は、「移動・越境」というテーマにふさわしい題材です。RSVP大会の要旨集やプリモラツ氏の今後の刊行物が公開されれば、「アンチ・ホームズ」というタイトルの具体的な意図も確認できるはずです。続報があれば、改めてご紹介したいと思います。
出典・参考:
- RSVP(Research Society for Victorian Periodicals)2026年次大会「Movements and Migrations」プログラム、トリニティ・カレッジ・ダブリン(2026年7月23-25日)
- Antonija Primorac, Što čitamo kad čitamo hrvatskog Sherlocka Holmesa: prijevod, pastiš i digitalni zaokret u svjetskoj književnosti(Filozofski fakultet u Rijeci, 2023)
- Antonija Primorac, “‘When you have eliminated the impossible…’ The Case of Early 20th Century Translations of Sherlock Holmes,” Sherlock Holmes Journal Vol.37 No.3, pp.135-141
- Antonija Primorac, “Sherlock Holmes and his Doppelgänger: For an Anti-Atlas of World Literature,” in Anti-Atlas: Critical Area Studies from the East of the West, ed. Tim Beasley-Murray, Wendy Bracewell, Michał Murawski (UCL Press, 2025), pp.321-327
- The Arthur Conan Doyle Encyclopedia, “Detectiv Sherlock Holmes und seine weltberühmten Abenteuer”
※RSVP大会での発表本体(論文・スライド・要旨)は未見のため、タイトル中の「アンチ・ホームズ」が具体的に何を指すのかについては確認が取れていません。本記事の大部分は、同一著者による既刊のSherlock Holmes Journal論文(2024年刊、Vol.37 No.3)に基づいています。

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