2025年11月29日:ドイルとウィリアム・バートン

シャーロッキアン日記

引き続き、『コナン・ドイル伝ーホームズよりも事件を呼ぶ男』を読み進めています。

まだ、ドイルが幼少期の頃の話が続きます。

『「最初の親友」は日本へ』、というタイトルの項目があり、幼少期にあまり友達が居なかったコナン・ドイル少年の初めての親友について書かれていました。

その親友というのがウィリアム・バートンという人物。

本書では以下のように紹介されています。

「バルトン先生」と呼ばれて親しまれた彼は東京帝国大学で教え、日本の上下水道整備やこれら対策に奔走した。(中略)バートンは日本についての知識をドイルに伝えたとみられている。子どもの頃から友情を深めた二人は、大人になってからも互いによき相談相手だった。

 

実は、以前日本で開催されているバルトン研究会というものにお誘いいただいたことがり、それがきっかけで少しバルトン先生について関心を持ちました。

それでこんな本も読んでみたり。

Amazon.co.jp: バルトン先生、明治の日本を駆ける!: 近代化に献身したスコットランド人の物語 : 稲場 紀久雄: 本
Amazon.co.jp: バルトン先生、明治の日本を駆ける!: 近代化に献身したスコットランド人の物語 : 稲場 紀久雄: 本

こちらの本はバルトン先生の生涯をたどった評伝となりますが、ドイルとの関係についてもしっかり書かれていました。

本書によれば、バルトン先生が日本に向けたたび立つ時に、ホルボーンレストランで送別会が開かれ、そこにドイルも参加していたそうです。

ただし、実際に参加していたかどうかの記録があるわけでは無いようです。

 

ホルボーンレストランと言えば、ワトソンがスタンフォード青年を連れて食事をした場所。ドイルにとって身近なレストランだったとすると作品に登場していることも納得です。

 

それと、バリツの元となった(かもしれない)バーティツという格闘技を編み出した人がウィリアム・バートン=ライトという人で、バルトン先生と若干混同するかもしれませんgな、別人です。しかし、バートン=ライトもエンジニアで日本に滞在したことがあるという点は共通しています。

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