先日ご紹介した『シャーロック・ホームズは引退しました』。


読了まで少し時間がかかりましたが、ようやく読み終えることができました。
前回の記事では、
「ホームズ宛にどんな手紙が届いていたのかについては、実は面白い本があるのですが、それはまた追って紹介したいと思います。」
と書きました。今回は、その“また追って紹介したい本”についてお話ししたいと思います。
その本が、タイトルもずばり『Letters to Sherlock Holmes』です。
編者は、英国を代表するシャーロック・ホームズ研究家の一人、リチャード・ランセリン・グリーン(1953–2004)。20世紀後半のホームズ研究を語るうえで欠かせない人物であり、膨大なコナン・ドイル関連資料を収集し、多数の研究書や資料集を世に送り出しました。彼のコレクションは現在、ポーツマス市のアーサー・コナン・ドイル・コレクションの中核を成しています。
私自身も昨年9月にポーツマスを訪れましたが、その資料群の規模には圧倒されました。

ホームズ研究の歴史そのものが保存されているような場所です。
そんなグリーンが編纂した本書は、世界中の人々が「221B Baker Street のシャーロック・ホームズ」へ送った実際の手紙を集めた一冊です。
背景については前回の記事でも触れましたが、かつて221B Baker Streetを含む住所に建っていたアビー・ハウス(Abbey House)には、世界各地からホームズ宛の手紙が大量に届いていました。その数はあまりにも多く、建物を所有していたAbbey National Building Societyは、ホームズの秘書役を務める担当者を置いて対応していたほどです。
本書の前書きを執筆しているのは、その最後の「ホームズの秘書」であったスー・ブラウン氏。彼女は長年にわたり、世界中から寄せられる手紙に返事を書き続けました。
本書の魅力は、そうした手紙の内容が時代ごとに整理され、そのまま紹介されている点にあります。
ある人はホームズに未解決事件の捜査を依頼します。
ある人は人生相談を持ちかけます。
ある人は「今も元気で暮らしていますか」と近況を尋ねます。
そして子どもたちは、まるでサンタクロースに手紙を書くかのように、ホームズへ素直な思いを綴ります。
もちろん、送り主の多くはホームズが架空の人物であることを知っています。しかし、それでもなお彼に手紙を書かずにはいられなかったのです。
それに対して秘書たちは、「ホームズは引退後もサセックスで養蜂を続けている」という正典世界の設定を尊重しながら、一通一通に丁寧な返事を書き続けました。本書には、その返信の一部も収録されています。
読んでいると、単なるホームズ研究書というよりも、「世界中の読者がホームズという存在をどのように受け止めてきたか」を示す文化史の記録のように感じられます。
ホームズが文学作品の登場人物であることは誰もが知っています。しかし同時に、まるで実在の人物であるかのように愛され、相談され、頼りにされ続けてきたこともまた事実です。
本書は、その不思議な現象を最も生々しく伝えてくれる一冊と言えるでしょう。

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