2026年8月23日:アルメニアでホームズがベストセラーに――『The New Adventures of Sherlock Holmes』を追う

2026年6月、アルメニア国営通信ARMENPRESSが発表した「エレバン・ベストセラー」(翻訳フィクション部門)で、興味深い一冊が6位にランクインしていました。アルメニア人作家マルク・アレン(Mark Aren)による『Շերլոք Հոլմսի նոր արկածները(シェルロク・ホルムスィ・ノル・アルカツネル)』、英題にしてThe New Adventures of Sherlock Holmesです。

コナン・ドイルとは無関係のオリジナル作品でありながら、刊行から10か月近くベストセラーリストに居続けているこの本について、今回分かったことをまとめてみます。

著者マルク・アレンについて

マルク・アレンは筆名で、本名はカレン・マルガリャン(Karen Margaryan)。1955年5月2日、エレバン生まれの現代アルメニア作家です。経歴が少し変わっていて、本業は経済学者。エレバン工科大学(1976年)、カールスルーエ大学(ドイツ、1990年)、モスクワ国立経営大学(2006年)を経て、現在はモスクワの「グローバル経済研究所」所長を務めているとされています(一部報道では「IDBank評議員」という肩書きも見られ、この点は複数の肩書きが並立している可能性がありますが、一次資料での確認が望まれます)。

作家としては2006年の『Requiem for Judas(ユダのためのレクイエム)』でデビューし、代表作『どこに野バラは咲く――アナトリアの物語』(2008年)はテレビドラマ化もされ、長くベストセラーの地位を保っている人気作家です。

本作の位置づけ

本作は2025年9月、第8回エレバン国際ブックフェスティバルで発表され、書店「Букинист(Bukinist)」主催の対談枠で著者自身がお披露目しています。発表当時から2025年9月のベストセラーランキングで既に3位に入っており、2026年6月時点でもなお6位に留まっていることから、単発のヒットではなく、アルメニアで着実に読者を獲得し続けているロングセラーだと言えそうです。

出版社が用意したと見られる紹介文(複数の記事で同一の文言が使い回されています)によれば、本作はホームズとワトスンについての著者独自の解釈で、「過去・現在・未来」「アルモリカとアルメニア」「英国史とアルメニア史」という3つの並行構造を軸にした物語だとされています。

「アルモリカ(Armorica)」とは何か

この紹介文で目を引くのが「アルモリカとアルメニア」という対比です。アルモリカとは、古代ガリア(現在のフランス北西部、ブルターニュ半島一帯)を指すラテン語・ガリア語由来の地名で、ガリア語の”are-mori-ca”(「海の前の(土地)」)に由来するとされています。

ここで注意したいのは、アルモリカとアルメニアは語源的にはまったく無関係だという点です。英語表記上「Armor-」と「Armen-」の音が似ているため、紹介文はおそらくこの音韻的な類似を利用した言葉遊び・レトリックとして両者を並べているものと考えられます。史実として両地域に関連があるわけではない、という点は記しておく必要がありそうです。

現時点での限界

正直に書いておくと、具体的なあらすじ、時代設定、登場人物、事件の内容といった作品内容そのものに踏み込んだ書評・インタビューは、今回の調査では見つけられませんでした。ネット上で確認できた一次情報は、出版社の販促コピーとベストセラーランキングでの言及にほぼ限られています。作品内容にまで踏み込んだ紹介をするには、実際に本を入手するか、著者・出版社への直接取材が必要になりそうです。

まとめ

非英語圏、それも日本や中国を中心に語られがちな受容史研究の枠を、コーカサス地方にまで広げてくれる好例だと感じました。単なる翻案ではなく、自国の歴史とホームズ的探偵譚を重ね合わせるという批評的な手法も興味深く、機会があれば現物を入手して内容を深掘りしてみたい一冊です。


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