2026年8月22日:ブギスで殺人事件、シンガポール発「世界初」の公式ホームズ体験

シャーロッキアン日記

The Straits Timesに、シンガポールのBugisで始まった新しいホームズ体験の記事が載っていたので、昨日のホームズニュースでも取り上げましたが、すこし深掘りして調べてみたので日記の方でも取り上げてみたいともいます。

Sherlock Holmes experience in Singapore opens with a murder mystery in Bugis
Experience the world’s first site-specific Sherlock Holmes game in Singapore’s Bugis, solving a murder mystery across lo...

取材に基づいた読み応えのある記事で、単なるイベント告知以上に興味深い内容でした。

 

221B Baker Streetの出張所が221B Bugis Streetに

“A Study in Red: The Official Sherlock Experience”は、シンガポールのゲームスタジオHiddenが手がけた、実在の街を舞台にした初のホームズ公式ライセンス体験です。2026年8月21日に開幕しました。原作は『緋色の研究』(A Study in Scarlet, 1887)ですが、舞台は歴史あるBugis地区に置き換えられ、この地域がかつて持っていた裏社会的な色合いを反映した筋立てにアレンジされています。開始地点は261 Victoria Street、Bugis Street 02-141。毎日10時から21時30分まで営業しており、料金は平日29シンガポールドル、週末・祝日39ドル、学生19ドルとのことです。

最大5人までのチームを組み、参加者はホームズ本人(という設定のグループチャット相手)とのやり取りを通じて、Bugis地区の3つのモール内を約2時間かけて巡ります。必要なのは自分のスマートフォンだけです。物理的な「犯行現場」で見つけた手がかりをテキストで報告し、謎を解いていく形式で、記事によれば原作に忠実であろうとする姿勢のせいか、ややテキスト量が多く感じられる場面もあるようですが、ファン向けの小ネタも随所に仕込まれているとのことです。ゲーム中は近隣の店舗の店員とやり取りしたり、飲食店の割引コードを受け取ったりもできるそうで、地域と一体化した設計になっている点が目を引きます。クリア後には、ヴィクトリア朝風のグッズショップで21ドルで販売されているホームズ・ノートブックなどのグッズがもらえます。

ロンドンの会社を退けての正式ライセンス獲得

特に興味深かったのは、Hidden共同創業者Lim Yee Hung氏(40歳)へのインタビュー部分です。Lim氏は熱心なシャーロキアンで、ドイルの作品をすべて読んでいるとのこと。2026年3月にロンドンへ飛び、The Conan Doyle Estateに直接この企画を持ち込み、英国拠点の企業も含めた競合を退けて、このフォーマットでの独占ライセンスを獲得したそうです。Lim氏、Loh Jun Wei氏、Shawn Tan氏の3人が率いる17人規模の会社で、この体験はHasbroのモノポリーに続く同社2件目のライセンス作品にあたります。モノポリーのライブ体験(Katong、Chinatown、Clarke Quayで展開)はすでに月間1000人以上の参加者を集め黒字化しており、今回のホームズ体験にも数十万ドル規模の投資を回収できる見込みだと語っています。

制作陣が最も影響を受けたのは、BBCの『SHERLOCK』や2009年のハリウッド映画版よりも、2018年の日本のテレビドラマ『ミス・シャーロック』(東京を舞台にした女性版ホームズ)だったという話も印象的でした。Lim氏は「歌舞伎的でホラー的な、とても日本的な作品でありながら、シャーロックの本質はきちんと捉えていた」という趣旨のことを語っています。Conan Doyle Estateのグローバルライセンス責任者Tim Hubbard氏も、ホームズ作品が今も色褪せない理由は虫眼鏡・パイプ・鹿撃ち帽といった記号的なイメージではなく、ドイルが作り上げたディテールとキャラクターの層の厚さにあるという趣旨のコメントを寄せています。

東京・メルボルン、そして2027年のロンドンへ

今後の展開も明かされていて、2027年にはロンドンでの開幕がすでに計画中とのこと。さらに東京やメルボルンへの展開も視野に入れているそうです。シンガポール国内でも、反響次第では他エリアへの拡大を検討しており、Lim氏は「ライヘンバッハの滝」の場面をGardens by the Bayの滝やジュエル・チャンギ空港に置き換える構想を冗談交じりに語っていました。

Lim氏はまた、シンガポールという国が自前の文学・ポップカルチャーのアイコンを持ちにくい立場であることを認めた上で、シンガポールのクリエイターは世界的な文化資産を扱う「信頼できる、コスモポリタンな仲介者」になれるのではないかと述べています。2018年の米朝首脳会談(トランプ氏と金正恩氏によるシンガポールでの会談)を引き合いに出しながら、「自分たちは主役というより、接着剤のような存在だ」という趣旨のことを語っているのも興味深い視点です。将来的には、他ならぬシンガポール発のオリジナルキャラクターを、ホームズのような世界的存在に育てたいという野心も明かしています。

雑感

これまで扱ってきたポーランドや中国、アルメニアでのホームズ受容は、主に翻訳・出版という「読む」文化を通じたものでした。今回のシンガポールの事例は位相がかなり違っていて、ライセンスビジネスとテクノロジー産業が主導する「体験する」ホームズという、現代的な受容の形を示しています。しかも制作陣のインスピレーション源が『ミス・シャーロック』だったという点は、日本のシャーロキアンとしては見過ごせない話です。ロンドンより先にシンガポールで世界初演を迎えたという事実も含め、正典の舞台であるロンドンを経由せずにアジアから世界へ展開していくという道筋は、これからのホームズIPの広がり方を考える上で興味深い事例になりそうです。


出典

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